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3
夕方五時。雅美にしては珍しく、待ち合わせの時間を少し過ぎた頃、大きなカバンを抱え、息を切らして走ってきた。そして、ごめんなさいとひと言謝った後、
「部屋を探したけれど見つからないノートも結構あって全ては持って来られなかったわ。もっと探せば見つかると思うのだけれど」
雅美が言うには、ノートは物語の形にまとまると別のノートに清書して保管していた。その中の何割かが見つからないということだった。
多分私が急がせたせいで部屋を探しきれなかったのだろう。私は彼女が探して持ってきてくれたノート数冊を読み始めた。
やはり雅美は天才だった。
応募とか賞とかというようなレベルではなく、すでに完成された作家の域だった。
何歳の頃に書いたものかは知らないが、心を揺さぶり、何かを訴えかけられ、優しく包まれる文章がそこには綴られていた。
そう、私が書きたかったもの全てが、このノートには在った。
悔しい。
なぜ雅美だけがこんなにも全てに恵まれているのか。なぜこのように完璧な人間がこの世にいるのか。彼女の才能に打ちのめされた私は、その悔しさを彼女にぶつけることで自分を慰めるしかなかった。
「君はいいよね。頭が良くて優しくて美しくて、その上文章の才能まである。それに比べて僕はどうだ。なんの取柄もなく人付き合いも下手で、君と同じ時期から懸命に考えてきた文章だってこんなにも差がある。なあ、君は心の中で僕のことを笑っていたのだろう? 才能もないくせにいつまでもしがみついている愚かな男だと」
雅美がそのようなことを思う筈がないことはわかっている。しかし、言わずにはいられなかった。
惨め過ぎたのだ。
そして、それは口汚い言葉で彼女を罵るほど、逆に私を追い詰めた。
彼女を一方的に責めたて、そして手前勝手にいたたまれなくなった私は、何か言いたげな彼女を置いて逃げるようにその場を後にした。
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