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 私は公園まで戻り、ベンチの下に無造作に捨てた雅美のバッグを拾い、もうすっかり暗くなった道を彼女の家へ向かい歩いた。  雅美の家のインターホンを押す。大丈夫。何度も練習したのだから。 「はい」 「僕、今日雅美さんと会っていた小嶋と言います。雅美さんのカバンが落ちていたので届けに来ました」  するとすぐに母親らしき人が玄関ドアから出てきた。 「あら、それはどうもありがとう。それで、雅美は一緒ではないのかしら?」  そこで私は練習通りに答えた。 「え? 雅美さん、帰っていないのですか? 実は、今日雅美さんとお話をしていたのですが喧嘩になってしまい、僕が怒って公園に雅美さんを置き去りにして帰ってしまったんです。しばらくして、やはり仲直りしたいと思い公園に行ってみたら雅美さんは居なくて、カバンが落ちていたのです」  雅美の母親の顔色はみるみる青ざめ、バタバタとし始めたので、私は自分の連絡先を教え帰宅した。  それから警察や雅美の母親、知人、先生、様々な人にその時の様子を訊かれたので、同じことを話すうち嘘が真実のように思えてきて、より上手く感情を乗せることが出来るようになっていった。  しかし、あの日からずっと私は、ただ一つの事だけを考えて、いや、願っていた。 ——どうか彼女が見つかりませんように——  数日後、彼女は遺体で発見された。葬儀に参列した私は、練習通りお悔やみの言葉を述べながら、心ではこう思っていた。  これで宝は私のものだ、と。  その後、彼女のノートを読み、改めて彼女の才能に感動と嫉妬を覚えた。そして、どこかのタイミングで書き溜められていた膨大なこの作品たちを少しずつ発表していくことにしたのだ。
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