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 声を発することが出来なくなった森山とは対照的に都築は饒舌になっていく。 「さらうのは簡単でしたよ。そしてその後の行動もとても簡単でした。捕まらずに過ごすのも結構簡単なものですよ。だってね、私は亜弓のためなら何でもできたし、なにより『目撃者』がいなかったようなので」  都築が眼を細め、森山の正面に立った。 「でもね、葬儀が終わった後、亜弓が雅美の部屋を探しても、書き溜めていたノートの半分以上が見つからなかったそうです。おかしいですよね。数百冊はあった筈のノートがほとんどないなんて。でも、頭の良い亜弓はすぐに気付いたのだそうです。届けられたカバンの中身は空だったな、と。届けに来た妹の友達が居たな、と」  必死に身体を起こそうとするがどうにも力が入らない。森山は机から落ちるように転がった。  そんな森山の姿を見下ろし、都築はさらに話を続けた。 「亜弓から話を聞いた私は、二人で今後のことを相談し、こう決めたのです。ノートを持っている人物は必ず雅美の作品を発表する。私達は出版社に勤務し『天才』の出現、そしてその人物がゆるぎない名声を手に入れるまで待とうと」  なぜ? 声にならない声で尋ねる。 「なぜって? 亜弓が先に雅美の作品を発表したら、ノートを持っているもう一人の人間に、自分以外の人間も雅美のノートを持っているということがわかってしまうでしょう? それに、雅美のノートを持っている人間は彼女をさらった私の車を見ているかもしれない。亜弓は、その人物を特定し、監視しておかなければと言うのです」  森山の言葉を待たずに続ける。 「私は言ったのですよ? 雅美の遺体が見付かった時に目撃証言が出なかったということは、目撃者が居ないかもしくは目撃していても言う気がないかのどちらかだよと。しかし亜弓は心配性でね。まあそこが可愛いのですが。なんとかノートの持ち主を見つけ出し監視したいと言って聞かないのです」 (私が行動を起こす前から、私をどうするかを計画していたということか)  森山は拳を握りしめた。しかし握りしめたはずの拳はだらりと弛緩したまま動いた様子はない。 「先生が応募してきた作品を読んで、編集部全体が感動しましたよ。天才がいたと。しかし、亜弓は更に歓喜したそうです。そう、あれは待ちに待った妹の作品だと!」 …………  都築が膝をつき、森山の顔に自身の顔を近付ける。 「しかし、雅美の作品を全て発表するまで、思いのほか時間がかかりましたね」  森山の目が、正面で笑っている都築の顔を捉える。しかし、起き上がることも指一本自分の意志で動かすことも出来ない。 「先生、コーヒーは美味しかったですか? 今までお疲れ様でした。あとは我々にお任せください。先生の付けた『森山牙』という名前はあまり趣味がよろしくないが、変えるわけにはいかないので引き継いでいきますよ」 ………… 「どういうことだ、とでも言いたげですね。雅美の作品を世に出すであろう『天才』が、雅美の才能を出し尽くし空になった後で、その名声の全てをそのまま戴き、こちらにある雅美の作品を私達が森山牙として引き続き発表していく。それが、あの時私達が考えたもう一つの計画なのですよ」  ………… 「おや?そんなことができるのかと仰いたいのですか? 御心配には及びません。『森山牙先生』は極度の人見知りで滅多に外出もしなければ人と関わろうともしない人だ。私達夫婦と同郷で、過去を断ち切らんとするかのようにたった一人で上京してきた。」  ………… 「ねえ、先生? あなたが居なくなったとして、一体何人の人が、一体どれだけの時間が流れた後気付くのでしょうね?」  ククッと喉を鳴らし、都築は持っていた原稿用紙を森山の手の親指と人差し指の間に挟んだ。そして更に顔を近付ける。すでに瞼一枚動かすことの出来ない森山の耳元でゆっくりと囁いた。 「しかし、本当に面白くないなあ」  それが、森山牙だった男、小嶋の耳に入った最期の言葉だった。
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