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「先生、本当に良いのですか?」
担当の都築が森山に尋ねた。
森山牙と言えば、今や現代純文学の作家として最初に名前が上がるほどの人物であり、その繊細で美しい描写や、登場人物の息使いが聞こえてきそうな表現の生々しさが特に人気だった。
都築から見て、森山の作品には特に才能のかげりもなく、もちろん人気が衰えていることもなかった。だからなおさら、この突然の引退の申し出には納得ができなかった。
「先生、なぜ引退するなどと仰るのですか? あまりに突然ではないですか。理由を教えて下さい」
「何度訊かれても話す気はないよ」
「しかし気になります。先々月発表された作品も評価が高く、先生の才能に微塵のかげりも見えません。先生はまだ書けるはずです。それなのに、なぜ」
都築は食い下がるが、
「いや、私は……森山牙はここで終わりだ。もう何も出てはこないのだよ」
森山はそう言ったきり黙ってしまった。
それならと都築は、
「先生、引退ではなく、しばらく書くのを休んでみてはいかがでしょう? 趣味に没頭したり旅行したりして気分を変えればまた良い物が書けますよ」
必死に説得を試みるも、森山は無言のままだ。
都築は参ったな、とため息をつき、しばらく森山の様子を伺っていたが、やはり諦めがつかないといったように森山の前に進み出た。
「先生。先生専属でお顔を拝見した時からずっと、先生と私は苦楽を共にしてきた仲ではありませんか。なにかお悩みならどうぞお話しください。書けない理由などはもうお聞きしません。ただ、先生の中にお悩みや苦しみがあるのなら、どんなことでもお話しください」
都築は真っすぐ森山を見つめた。
森山はしばらく考えた後、覚悟を決めたように机の引き出しを開けると、都築に数枚の紙を渡した。
「先生、これは?」
「読みながらでいい。私がここまで来ることができた理由から順番にお話しよう」
都築が興味深そうに原稿用紙に目を落としたのを確認してから、森山はゆっくりと話し始めた。
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