夜鷹の名

6/6
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「手を出せ」    警官の鋭い目つき。女に、拒否という選択肢はなかった。  警官は、胸ポケットから小刀を取り出した。鞘からすっと抜くと、女の手に近づけていく。女は斬られるとでも思ったのか、目をぎゅっと瞑り体をこわばらせた。だが、女がおそるおそる目を開けてみると、手首には切れた縄がはらりとぶら下がっていた。 「え?」  不思議そうな顔をする女に、警官はこう言った。 「近藤局長には世話になった。目を見ればわかる。確かにあんたは局長の娘御なんだろう。……これを」  警官は再びポケットから何かを取り出した。今度は、財布だった。女の手から縄を回収すると、代わりにその財布を押し付けるように握らせた。 「多くはないが……これを足掛かりに。せめて、局長の分も幸せに生きてくれ」  警官は、くるりと踵を返した。 「待って、あんた一体……」 「藤田五郎。警察官が全員維新志士とは限らない」  藤田と名乗った警官は、雑踏の中に消えていった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!