夜鷹の名

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「最初に名乗っただろう。田中ハルだ」 「本当の名を聞いている」 「なんだよ。これが本当の名だよ」 「名乗る時に、一瞬ためらうような素振りがあったな。顔つきも少し変わった。それに、『田中』という苗字はとっさに思いつく苗字の代表格だ。せっかく誰でも苗字を名乗れるようになったのになァ。意外と皆安直な苗字をつけるものだ」 「あんた、日本中の田中さんに謝りなよ」  ふむ、と警官は女を見据えた。 「本名を名乗れない事情があるのか。さては前科者か」    女は答えなかった。だが、ややあって諦めたような笑みを浮かべた。 「前科、といえば前科かもね。あたしは生まれつき、あんたらに追われる身だったんだから。まあ、今こうしてとうとう捕まっちまったんだから、もう、いいか」 「どういう意味だ」 「あたしの父親は、たぶん、近藤勇だ。新選組の」  今まで淡々と取り調べをしていた警官の表情に、初めて変化が生じた。処刑されて二十年が経とうとしているのに、その名には思うところがあるらしい。新選組に親でも殺されたのかもしれない。 「たぶん、とはどういうことだ」
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