夜鷹の名

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 女は少し間を置き、「おっしゃる通り。田中ハルは偽名だよ」と溜息混じりに打ち明けた。 「あたしの名前、(イサミ)と書いて(ユウ)っていうんだ。母さんは子供のころに病気で死んだけど、近藤勇が処刑された時の瓦版を後生大事に持ってた。手掛かりはそれだけ。母さんは府中の宿で客を取ってたことがあったらしいから、馴染みの客の一人だったんだろうな、近藤は。御一新の後、好きな苗字を決めていいとなったら、母さんは『大久保』を名乗った。近藤勇の変名だったんだろう?大久保大和(おおくぼやまと)」  警官は黙りこくってしまった。煙管を置き、腕を組んでいる。扉の格子窓から、見張りの警官が室内をじっと見ているのに女は気づいたが、何事もなかったかのように話を続けた。 「確証はないけどね。たぶん、そうだと思うよ。大罪人、近藤勇の私生児。それがあたしの前科さ。盗みとどっちが重い罪なんだろうね。ふん、どっちでもいいか。とにかく、しょっ引いたらいいさ。それで、維新志士の皆さんの恨みを晴らせばいい」  ずっと黙っていた警官は、ようやく口を開いた。
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