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目指すものは
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「ちょっと男子!!!!ちゃんとやってよ!!!」
へらへらとした空気感の教室の中を、キビキビとした声が響いた。
ここはとある学校の3年E組。今は合唱コンのクラス練習の真っ最中だ。しかし、このへらへらとした空気感にE組の女子学級委員、星水は頭を抱えていた。もう一人の男子学級委員、藤山が仕事をしないため、基本的には彼女一人で仕事をこなしている。
そして今も、たった一人でクラスをまとめあげようとしていたが、そう上手くはいかなかった。
中学校生活最後の合唱コンクール。去年、一昨年はコロナのため思うように歌えなかったが、今年は3年ぶりの通常開催ということで、星水含め一部の女子はとても張り切っていた。
しかし、男子たちは合唱コンの練習中ずっと話してたり、ふざけたりしていつも星水から怒られている。そんな状況だからなかなか歌も上達せず、星水はかなり焦っていた。
(本番まであと一ヶ月、時間もないのに…)
3年ぶりの通常開催ということで張り切っているのもそうだが、星水はそれの他にもう一つ、頑張らなくてはならない理由があった。
それは、5月にあった運動会でのこと。
運動会でE組が練習中常に上位だった種目、それは玉入れだ。
なので運動会本番も1位が有力視されていた。
しかし本番、星水が相手チーム(A組)からの玉のブロック中に誤って手に持っていた網を入れるところにぶつけてしまって、中のボールが半分ほどこぼれてしまった。
そしてA組はもう一度玉入れを行うことに。しかしここでA組が覚醒。E組を追い抜き、断トツで1位になってしまったのだ。そして総合順位でもC組と僅差でA組が優勝。そのことに星水は深い罪悪感を覚えた。
だからせめてA組にだけには勝たなくてはいけないのだ。自分のせめてもの罪滅ぼしのために。
本番も近くなってきた10月の始め頃、クラス練習のときにそれは起きた。
休憩時間中のことだった。クラスの男子、山崎が伴奏の女子、明星にいった一言が始まりだった。
「いやぁ、俺ら結構頑張ってるし?結構歌声もきれいだと思うから、もう優勝もいけちゃうんじゃない?」
それを聞いた明星は途端に怒りだした。
「そんなこといってるやつが、最下位になるんだよ!!!音楽コン※のときも、学校のみんなに聞いてもらって、先生にすごいって言われただけで自分だけ有頂天になって、本番で他の学校との差にやっと気づいた、でももう遅かったんだよ!!!だから、同じ過ちを犯したくないの、わかる???」
※音楽コン…明星は吹奏楽部。吹奏楽部では年に一度の全国音楽コンクールにむけて日々練習している。
明星はそう言うとすっと黙り込んだ。顔を見ると、必死で涙をこらえているようにも見えた。
「明星さん…」
星水がそう言うと、明星は
「ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」
とどこかへ行ってしまった。山崎は青ざめた顔で終始下を向いていた。
その日の放課後、星水は明星の席へ赴いた。
「あれ、星水さん、どうしたの?」
そこにいたのは、いつもの明るい明星だった。ただ、目だけが笑っていない。
「ちょっと、来てもらっていいかな?」
星水はそう言って、明星を屋上へと連れ出した。
ガチャン。
ドアを閉める。澄んだ空は青く広がっていた。
「で、どうしたの、星水さん?」
何食わぬ顔で聞く明星。
「今日、クラス練習のときのことだけど。何かあった?」
星水が聞く。すると明星の顔から笑顔が消えた。
「…ちょっとね。部活のこと、思い出しちゃって。」
明星は儚げな顔でぽつぽつと語り始めた。
「去年の今くらいかな、大会の予選があったのよ。それで、自分では最高の合奏ができたと思ってたんだけど、他の学校のを聞く度にどんどん自分の愚かさに気づいてきてさ。結果はだめだったよ。それ見たときに私さ、思ったの。あぁ、私が先輩たちの足を引っ張ってるんだなって。去年は普通に予選とか通過してたらしいから。なんかもう、嫌になっちゃって。で、今日そのこと思い出しちゃって。バカだよね、合唱コンでどうなろうと、あのことが消えたりなんかしないのに。私情挟んじゃって、ごめんね。」
明星は哀しそうな顔をしていた。
「私も、あるよ。私情。運動会の時のこと、まだ悔いてるからさ、私。みんなあるんじゃないかな、そういうの。」
星水が言う。すると明星がいった。
「そうだね、ありがとう…。」
その目には涙が浮かべてあった。
次の日、クラス練習の時間。クラスはいつも通りガヤガヤしていた。星水は一瞬怒鳴りかけたが、それをぐっとこらえる。
パンパン
大きめに手を叩いた。みんなの視線がこっちにうつる。
「みんな、こんなことばっかしてて勝てると思う?」
少し冷たい目でみんなを見る。みんな図星を指されたように黙り込んだ。
「運動会の時の、あの悔しさ、忘れたの?合唱コンで恨みを返すって、忘れたの?」
淡々と続ける。
「このクラスには、個々の事情や思いで、本気で優勝を目指してる人たちがいる。勿論、優勝を強制することはしない。でも、その人たちの足を引っ張ることはやめて。」
星水がそう言うと、クラスは少し静寂に包まれた。
そして、誰かが口を開いた。
「負けてそのまま引き下がるなんて、E組らしくねぇよな。」
言ったのは藤山だった。
「あぶねぇ、危うく運動会の時のこと忘れるところだったぜ…」
そう山崎も続ける。
それを嬉しそうな目で見つめる明星。
他のみんなも同じ気持ちのようだ。
「よし、このまま頑張るぞ!!!!」
星水が叫んだ。その後にみんなも続く。
「「「おう!!!!」」」
#芸術の秋
#音楽の秋
#合唱コン
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