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俺はここで終わるけど
「ほぅ…こんなん面白ぇんかねぇ…」
男は仕事で疲れ切った様子で狭いワンルームの部屋に置かれた安物のソファーに豪快に腰掛けた。
手には同じく安物のスマートフォンが握られておりその画面を見つめている。
薄汚れた作業用のジャンパー、ポケットがやたら多く付けられているズボン、親指に穴が開いた軍足という出で立ちから過酷な肉体労働者である事が窺える。
「ったくよぉ…。こんなん…おめぇ…あぁ?」
男は悪態つく。
しかし、その悪態もなんとなく付け焼き刃な印象がある。
無理をしている、そう表現するのが正しいかもしれない。
薄い色付きのサングラスも様になっていない。
「コレ…チッ…んだよおめぇ…。」
いやらしく首を傾げて、コンビニで購入したであろう缶酎ハイを豪快に飲み始めた。
彼が端末で見ているのは格闘オーディションのコンテンツだ。
ならず者たちがオーディションに挑み、番組側が揃えた猛者達と戦うというもの。
名物キャラも沢山出揃っていて、中々エンターテイメント性が高いコンテンツだ。
彼は煙草に火を点けた。
頭は白髪が侵食し髭すらも白髪が見え隠れ、頬の肉は垂れほうれい線が深く刻まれている。
紫煙を吐き出すその唇もガサガサで、長年蓄積されたヤニがその色を主張している。
怒号、叫び声が彼の持つ端末から流れてきた。
彼は「ヘッ」と軽く鼻で笑った。
「大体よぉ…こんなんヤラセだろうがよ。…ったく…。」
無理をして不良っぽい言葉を使っているが、見た感じ四十代後半から五十代といった容姿から発せられたものだとするとかなり痛々しい。
「俺はなぁ…真面目に生きてきたんだよ。こいつらと違ってな。それなのに何だぁ?なんでこいつらにこんなチャンスがあるんだよ。真面目に生きてる奴らにこそチャンスを与えるべきだろうがよぉ…。」
彼はそういうと缶酎ハイを飲み干した。
「あぁ!?ごらぁ!!」
彼は飲み干した缶酎ハイの空き缶を壁に叩きつけた。
そして彼はもう一本缶酎ハイを袋から取り出し、なぜかその缶を鋭い目つきで見つめた。
完全に端末から流れているコンテンツに自身が支配されているようだ。
「俺はなぁ…こんなゴミみてぇな奴らたぁ違ぇ…違ぇんだよ!!でもっ!でもよぉ!!ゴミしか見ねぇ…どいつもこいつも!」
だから自分もそうなりたい、そうありたいと考えて自分を変えてきた。
周りから白い目で見られながら、後ろ指を指されながらも自分を変えてきた。
しかし、取り巻く環境は変わらない。
むしろ悪化している。
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