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「──「もう一度この船に乗りたければ、私に救い上げてもらえるように、自分自身を示しなさい」神様のお題が暗い海の上に響き渡ると、海に放り出された人々は全身をばたつかせて大波を立てました。その大波にのまれた子供は両手を掲げ、助けを乞いながら海の底へと沈んでゆきます。神様は大波を立てた人々も、沈んでいった子供も助けることはありませんでした。その様子を見ながら漂っていた者たちは、綺麗な声で歌ってみたり、夫婦で手を取り合ったまま愛の素晴らしさを叫んでみたりと、神様に気付いてもらえる様に工夫を凝らしたアピールをしています。
──その時です。気まぐれな満月が顔を出し、ただの偶然に少女のことを照らしました。その少女と動物一匹だけが暗い暗い海の真ん中で、黄色くて明るい月明かりのスポットライトに照らされているのです。するとさすがの神様もそれには気が付いたのか、それらを船の上へと戻すことにしました。少女たちが暖かい光に包まれながら船の上へと戻された途端、他の者たちは我先にと泳ぎだします。
──それは神様の想像通りの光景でした。ある者は側に漂う動物に抱きつき、別の者は満月の下を目指して泳ぎました。さっきまで手を取り合っていた夫婦でさえも、手を振り払って別々の動物に抱きつくと、通じるかもわからない言葉でその動物に愛を囁きはじめています。想像通りの結果にほとほと呆れた神様はそれ以上もう誰ひとりとして引き上げずに、運の良い少女たちだけをその船に乗せその場を静かに離れて行ったのでした。めでたしめでたし」
「これもずいぶんと最悪の結末だね。あとは全員沈んでいったんでしょ?」
「生き残ることだけが幸せだとは限らないさ」
「じゃあ、もし蛇兄さんが海に投げ出されたらどうするの?」
「俺は別の船を探すよ。この船の神様とは気が合わねえ」
蛇兄さんの御伽噺には「運命」とか「神様」がよく登場していた。でもよくあるお話とは違い、それらは絶対的で抗えない存在ではなかった。それなのに登場人物たちは皆一様に抗おうともせずに、ただもがいているだけだった。
今までの私もきっとそうだったはずなのに、蛇兄さんの所為で、私はそのことに気が付いてしまった。
タイムリミットはすぐ側まで来ていた。
宇宙人の話は八話目で、やっと主人公自身が違う世界から来ていることを自覚したのに、彼はまだ地球の「普通」に憧れているままだった。
私は蛇兄さんとのこんな夜が、千夜一夜続かないアラビアンナイトなのだともう知っていた。そのくらい私のセカイは色付いてしまっている。
蛇兄さんの目でこの世界を見るということは諦めきれていなかったけど、この理が変えられないことにも、私はもうとっくに気が付いてしまっていたのだ。
*
今日は23:59で終わるシンデレラのオハナシ。
私には、これが最後の夜なんだということがわかっていた。
宇宙人の話は未だ完結していないのに。
まだ私と蛇兄さんのカラダは別々のままなのに。
なんて、これ以上何を言っても、蛇足に枷を架けるだけのオハナシ。
「蛇に戻るの?」
「さあね?」
「いつかまた会える?」
「ここまでがお前の切り出した物語だろ?」
「私はきっとエピローグを書くよ」
「ご自由にどうぞ」
「ねぇ、抱いてよ?」
「もうそんなに危なっかしくねぇだろ?」
「じゃあ蛇に戻って、私を丸呑みしていって?」
「牛丼しか美味くねえし」
代々木公園で拾った蛇兄さん。
餌は牛丼、紅ショウガは沢山。
夜毎に私のセカイを創ったシェヘラザード。
私と蛇兄さんが過ごしたこの愛しい日々は、明日の朝にはもう誰も知らない物語。
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