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互いに舗道を歩み寄る。
「村瀬さん、デザイン部との打ち上げは楽しかったですか? 」
「はい、お陰さまで。でも、支店長は私のせいでお酒を飲まなかったんですか? 」
「まぁ、それもありますけど」
「タクシーで帰るなら、飲んでも良かったじゃないですか? 」
「いろいろ大人の事情ってものがあるんですよ。村瀬さん、このまま帰りますか? それとも僕と一緒に飲みますか? 」
肩を並べて歩きながら藤島が遠慮がちに奏に尋ねた。
「え~! せっかく酔っぱらわないように頑張ったのに、今から飲むと私、泥酔まっしぐらですよ、いいんですか? 」
藤島の次のことばをどきどきしながら待った。
「明日はお休みなので、構いませんよ」
「本当にいいんですか? また私の知らない武勇伝が一つ増えるかもしれませんよ」
「今さら、武勇伝が増えたところで気にしませんよ。僕と飲むのが嫌でなければの話ですが」
その言い方、ずる過ぎる。
そりゃあ、少しでも長く一緒に居たいとは思うけれど、それは危険行為だ。
そんな危険に自ら飛び込んで行っていいのか。
藤島という危険物を扱うには自分は未熟過ぎる。
そんな思考が頭の中をグルグル回ってるうちに、藤島がさっとタクシーを止めた。
藤島が奏と乗り込むと運転手に行き先を告げた。
「長峰町のグリーンヴィラまでお願いします」
長峰町? グリーンヴィラ? そこが藤島のマンションだと気づいた。
「お宅に行くんですか? 」
藤島は黙ったまま返事をせず、窓の外に顔を向けている。
不穏な空気とでもいうのだろうか。
張り詰めた空気の中、運転席から流れる曲よりも、ドクンドクンという胸の鼓動の方が大きく響いていた。
マンションに着くとタクシーが二人を下ろして去って行った。
「行こう、住人と会うと面倒くさいから」
「はい」
言われるままに後ろをとことこ付いていく。
運良く誰にも顔を合わせずホールを通り過ぎた。
エレベーターまで来ると、1階に向かって降りて来ている。
「誰か乗ってると思いますが、会釈だけでいいですから」
藤島が小声で言った。
今まで、何度か部屋を出入りしたけれど、やっぱり夜中に女性と帰って来るのを見られたくないわよね……
エレベーターの扉が開くと家族連れがぞろぞろ降りてきた。奏は背の高い藤島の後ろに立ってエレベーターと反対側に顔を向けた。
藤島が「こんばんは」とだけ言って自分を楯に身体を回して後ろ側から奏がエレベーターに乗れるように動いた。
背が高いから、奏の姿はよく見えなかったはず。さすがヒビキタワーだ。
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