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第1話 『不倫体質』脱却宣言
「ホンット、奏って不倫体質だよねぇ」
口の端についたクリームを舌でぺろっと舐めながら親友・野村香織が『ホンット』に力を込めて呆れている。
彼女は相手が親友だからといって容赦しない。
言ってることは的を射ているし。
というのも、奏は1週間前に彼氏だった森田と別れたばかりだった。
相手は35歳、妻帯者だと分かって、その場で思いっきり振ってやった。
村瀬奏は今年27歳の会社員。
什器をレンタルする会社『ディスプレイ・オメガ』の岡山県にある柳原支店で事務を担当している。
年の割には大人びて見えるねと、子どもの頃から言われてきた。
それだけ老けて見えるってことなんだろう。
そうは言っても濃い眉毛と瞳が印象的な知的美人だ。
ツンと張った形のいい胸。キュッと締まったウエスト。
細身で均整のとれた体格はマネキン人形の代わりができるねと褒められる。
この日もブルーグリーンの薄手のスーツを着て、友人の待つレストラン『つかさ』に向かう間、すれ違う男性に「ヒュー」っと口笛を吹かれた。
けっして男を惑わすような色気ぷんぷんの女ではない。
どちらかといえば、頼りになる姉御タイプだと言える。
勤務中は眼鏡を掛け、ゆるくウエーブがかかった髪はポニーテールにして絵にかいたような事務職の女を装うようにしていた。
今日のように、人と会う時だけ結んでいるヘアゴムとバレッタを外して髪を下ろすし、眼鏡もはずす。
それがオンとオフを切り替える時の習慣だった。
「『森田』の前の『坂井』も家庭持ちだったよね。
その前の『有村』だっけ? 彼は独身だったけど、婚約者がいるのを隠して付き合ってたクズ男だったし… 」
親友の口からスルスルと毒が吐きだされる。
「んっもう~、分かってるから止めてよ! 」
さすがにたて続けに過去の黒歴史を並べられると、自分の愚かさのフルコースを見せられるようで、思わず声を荒げてしまった。
「あっ、ごめん。言い過ぎた。でも、悪気はないのよ。奏が心配だから、あえて苦言を呈してるだけぇ」
香織の性格は分かってる。
人情深くて自分の気持ちに真っ直ぐなオンナ。
歯に衣着せぬ、そんな竹を割ったような所が長年友だち付き合いできた要因だった。
ただ、割った竹の先が鋭ど過ぎて、たまにひどく傷つけられる。
そんな気もちをコーヒーに打ち付けるように、奏はスプーンをシャカシャカと混ぜ続けた。
「だけど初めから妻帯者だと分かっていて付き合ったわけじゃないの香織も知ってるでしょ」
眉根を寄せて親友を睨んで見せた。
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