299人が本棚に入れています
本棚に追加
/69ページ
「最初の有村は『結婚を前提で付き合ってくれ』と言われた。まさか婚約者がいたなんて信じられる?
2人目の坂井に至っては君と付き合いたくて離婚したんだよって、泣き落としされたのに『ゴメン、子どもができたからしばらく離婚できない』だって。
バカにするんじゃないわよ。既婚者と分かってたら、付き合ったりしないっていうの! 」
だんだん、語気が強くなる。
グラスの水をグイと空にしてからテーブルにどんと置いた。
「森田の奴は『バツイチだけど』って指輪をくれたくせに、バツなんて付いてなかった。その指輪、最後に投げつけてやったわ」
怒りが込み上げて来て、食べかけのケーキにフォークをグサリと刺した。
アルコールは一滴も入っていないのに、まるで酔っ払いの所業だ。
「言い寄ってくるのが妻帯者や婚約者有りの男ばかりなのは、奏に隙があるんじゃないの? 」
長いストレートの黒髪を後ろに払いながら香織が片頬で笑っている。
真っ直ぐに切った前髪、アイラインを長めに引いた容貌はクレオパトラのようだ。
「待って! そりゃ、若くてギラギラしてる男より、落ち着いた男に魅かれるけど。隙があるのとは違うでしょ」
「隙といっても、奏の隙は押しに弱いところ。それから酒にも弱い」
「酒に弱いのは仕方ないでしょ、遺伝なんだから」
「酒に弱いって分かってるんだから、家族持ちの男とは酒を飲まないくらいの覚悟が大事なの! それから、すぐに情にほだされる。結婚願望もない。結婚をせがまれないですむなんて、ズルイ男にとってこんなに都合のいい女はいないわよ」
「もう、明快過ぎて涙が出るわ」
深いため息をついたが、もう出る涙もなかった。
「ウチの親のせいで結婚に希望なんてもてないのよ。ただ、不倫なんてもっての外! とにかく私、村瀬奏は、これからは既婚者を寄せ付けない女になります! 」
固い決意宣言のせいか、ちょっと声が大きくなってしまった。
「ふふん、なれるものならなってみなさい。私が監視してあげるわ」
香織が意地悪く微笑んでいる。ンッモーっと頬を膨らませて怒って見せた。
「ククッ」隣のテーブルから男性の笑いが漏れ聞こえた。
――シマッタ、聞かれてた……
顔を動かさずに、目だけ動かして笑い声の主を盗み見る。
隣のテーブルの対面に一人座って、コーヒーを片手にこちらを見ている男性。テーブルには、食べ終わった皿が残っている。
奏達より先に隣の席にいて食事をしていたと思われた。
バチッっと目が合った。ドクン! 会釈するのは、ちょっと違うと思って素早く目を逸らす。
そう、見なかったことにしたのだ。
でも、見てしまったのは確かで、その残像が目の奥に残っている。
すごいイケメンだった! キリッとした目鼻立ち。
なにより一瞬だというのに印象に残った強い眼差し。
少女マンガで見たことがある。誰だっけ……
「どうしたの?急に黙っちゃって」
クレオパトラ様は気づいていないようだ。
「いや、別に」
「そう? ならいいけど。で、さっきの話だけどさぁ、恋愛じゃなくてホストとか推しを作って楽しめばいいと思うのよ。私も付き合うからさ」
香織は頬杖をついてニヤリと笑った。彼女は離婚経験者だ。
元旦那からたんまり慰謝料をもらって、まさにそんな生き方をしている。
なんだ、仲間に引き込みたいだけじゃない。
「私には無理。そんなお金ないから。男に頼らずに独りでも生きていけるよう、お金貯めるわ」
「なら、がんばって」
香織が益々ニタニタしながら、奏を眺めていた。
見知らぬイケメンに笑われた上、まだこちらを見ているのが気になって、「この店、出ましょう」と奏が立ち上がった。
レシートを持ってレジに向かう奏の後姿を男がじっと見送っていたことには気づいていない。
最初のコメントを投稿しよう!