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第20話 幸せな時間
二人が一夜を共にした翌朝。
奏は藤島の胸の中で目覚めた。目を開けると、目の前に広い胸がある。
共に濃密な時間を過ごした男がスヤスヤと眠っていた。
まだ体に残る愛された感覚。こんなことがあっていいのだろうか。
幸せなはずなのに、後ろめたさが広がっていく。
離婚がきまっていると言っても今現在、この人の後ろには妻がいる、息子がいる。
それは紛れもない事実で、どんな理由を付けても世間は関係を認めはしないだろう。
そんな奏の心の乱れが伝わったのか、藤島が目を覚ました。
「奏、お早う」愛おしそうに腕に力を入れて引き寄せる。
「…… 」奏の中でいろいろな想いが交錯していた。
なにも言わない奏を心配して「どうかした? 」と顔を覗いてきた。
藤島に触れられた頬が熱くなった。
「あの、昨日のことですけど。私、忘れっぽいので何も覚えていませんから。大丈夫、私たち、何もありませんでした」
と言って頬に当てられた手をそっと押し離す。それを聞いて、藤島が眉をひそめる。
「僕たちはお互いの気持ちを確かめ合って愛し合ったのに、忘れるなんて簡単に言わないでくれ」
「でも世間的には支店長は既婚者なんですから部下とこういうことになったら、周りが許しません」
「だから、そういう考えはやめなさい。そりゃぁ、君を僕の事情に巻き込んだことはすまないと思う。だけど、今の僕にとって世間の評価より君の方が大切なんだ。いざとなったら責任をとる、それだけの覚悟はしている」
奏は藤島のことばに驚いて彼の胸を押した。
「責任をとることより自分の立場を大事にしてください。私は支店長の足を引っ張りたくないんです。何もなかったことにしてくれればいいんです」
「君は僕とのことをなかったことにできるのか? そんな遊び感覚で抱かれたのか? 」
藤島が信じられないといった顔で奏の肩を掴んだ。
「そうです。寂しかった二人が一緒に一晩を過ごした。それでいいじゃありませんか」
「そんないい加減な気持ちで、抱いたんじゃない。部下の君を抱くということの代償も承知の上だ。もう、僕の気持ちは止められないし後戻りもできないから」
「でも、どんなにあがいても私たちは世間から見たら不倫の関係で、私は支店長の愛人なんです」
「そんなことばで、自分を傷つけないでくれ。僕は君が付き合って来た男たちとは違う!待ってくれれば離婚できるから、僕を信じて」
奏は黙った。本当に藤島は過去の男たちと違うのだろうか。
違うとしたら、藤島が既婚者と分かっていたのに、奏自身が恋情を断ち切れなかったこと。
藤島が再び、奏の身体を求め唇を這わせ始めた。
相手は結ばれた直後で気持ちが高揚してるだけかもしれない。
数ヶ月も経てば冷静になって、上司が部下と深い仲になる事の重大さを思い知るだろう。それを待って互いにフェイドアウトしていくしかない。
奏は再び快楽に痺れていく頭で、自分に言い聞かせていた。
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