第7章 雷雨は恋の記憶と突然に

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──あれはまだ私が社会人二年目、正勝が死んでから初めて迎える梅雨の時期だった。 たまたま上司の代わりに水道工事店へ一軒急ぎの見積もりを届けた帰り道に私は正勝の月命日だったこともあり、一人見知らぬ公園でブランコに乗っていた。 小さな頃、私はブランコが大好きでいつも将勝が背中を押してくれた正勝の手が私の背中に触れるたびに空に向かって空中歩行しているかのような浮遊感が、まるで自分が空を飛んでいるみたいで心地よかった。 『おい、アンタデカいんだから代われよ』 不意にかけられた言葉に振り向けば、ランドセルを背負った男の子がこちらを睨んでいる。 『えっと……』 たしかに私は大人だから乗りたがる子供がいれば代わってあげるつもりだったが、目の前で私を睨んでいる男の子も私に声をかけてまでブランコに乗りたがるほどの年でもない。 (……デカいって、あなたもべつにチビじゃないじゃない) 男の子は苛立ったように私のブランコの椅子を下から蹴った。 『トロいな、早くしろよ!』 私はブランコの椅子から腰を上げながら男の子を睨みつけた。 『何よっ、あなただって小さいっていうほど小さな子じゃないし、身体だってデカいほうじゃない!』 『うっさ……お説教とか懲り懲りなんすけど……チッ』 ワザと聞こえるようにされた舌打ちに私は大人気なく、男の子の耳を掴んで引っ張り上げた。 『痛ってー!』 『舌打ちすんなっ!ガキンチョめ!それに人様に舌打ちしといて、痛がってんじゃないわよっ!大体ね、舌打ちって一度すると一個幸せ逃げんのよ!分かった?ケツの青いガキンチョが!』 『は?がき……ん?』 切長の目を大きく見開きながら男の子が怪訝な顔をする。 『いい?そのクセやめなさい!幸せもったいないでしょ?分かった?』 腰に手を当てながら父、将勝の格言を披露した私は勝ち誇った笑みを浮かべてから男の子に背を向けた。 『チッ……』 (え?このガキンチョまた舌打ちした?) 振り返れば、男の子が連続でチッチッチッチッっと舌打ちしながら、ブランコを漕ぎ始める。 私はブランコの持ち手を掴むとすぐに男の子の首根っこを捕まえた。
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