浜崎君になりたい

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**  日曜日は束の間の癒しの日。 「陽奈、また散歩なの? その格好、どうかと思うわよ? それにこんな暑い日に行かなくても」  お母さんの声に私はスニーカーを片方だけ履いた状態で視線を上げた。私と歩いていると姉妹に間違えられる年齢不詳で美しいお母さんの顔があった。 「だって歩きたいんだもん」  私はもう一方のスニーカーに足を入れる。ドアノブに手をかけた手を一度おろして、振り返った。 「……ねえ、お母さんは学生の時、自分をやめたいなって思ったことなかった?」  とお母さんに尋ねてみる。 「そんなこと思ってるの、陽奈?」 「私は普通に生まれたかった」 「普通? 陽奈は普通じゃない」 「そう。中身は」 「学校で嫌なことでもあった? 何か嫌がらせでも受けてるの?」 「そうじゃない、けど」  確かにいじめられてるわけじゃないし、側から見たら幸せなんだと思う。恵まれてると思われてるんだと思う。  大勢の中にいても独りだと感じるのはみんな同じなのかな。自分だけ特別扱いで、本当の仲間になれてないと感じるのは気のせいなのかな。お母さんは同じ思いをしたんじゃないかと思ったんだけどな。 「いいや。忘れて。行ってくる」  私は三つ編みにした髪をキャップの中に捩じ込んだ。ストレートデニムに体のラインの出ないダボダボの長袖シャツ。ノーメイクの顔には伊達眼鏡をかけている。一見地味な男子に見える格好で私は外に出た。  蝉の声が夏の暑さを増幅させる中を少し前屈みになって速足で歩く。十五分ほど歩いてようやく歩く速度を緩めた。帽子の中の髪が蒸れて熱い。首を伝う汗をタオルで拭った。  出身中学を通り過ぎて歩くこと二十分。二年前は田んぼだったらしいこの辺りには新しい家が次々と建てられた。最近の家は寸胴で味気ないけれど、並ぶとそれはそれで美しい。   歩きながら周りの景色を見ている時が一番ほっとする。家から遠いほどいい。私が私であることを忘れて、景色に溶け込む感覚。  小さな公園に入って私はベンチに腰をおろした。ペットボトルに入ったミネラルウォーターはぬるくなっていたけれど、乾いた喉を一時的に潤してくれた。  最近の夏は暑すぎる気がする。こんな日に散歩なんてと思われるのは当然かもしれない。でも、蝉はうるさくても学校では感じられない静けさが心にある。誰も私を気に留めない。それがこんなにも心地よい。  日差しが高くなってきた。  もう少しだけ歩いて引き返そう。  立ち上がって歩き出す。水をさっき飲んだばかりなのに、喉がやけに乾く。  空になったペットボトルをリュックにしまって、お財布を持ってこなかったことに心の中で舌打ちした。  暑いのに汗が出てこない。視界がじわじわと赤黒くなってきた。蝉の声とは違う音が耳の奥からする。 「暑い」  声に出したらぐらりと地面が傾いた。  この先に気になる家があるんだけどなあ。 「大丈夫ですか?!」  誰かの声を遠くで聞いた気がした。  
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