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絶対安全ハサミ
わたしは、会社に辞表を出したその足で、三城博士のラボへと直行した。本当は文句の一つでも言って、辞表を叩きつけてやろうかと思ったが、そこはわたしも社会人だ。立つ鳥跡を濁さずの精神で、なんとか踏み止まった。
専用のIDをもらったわたしは、例の入口をパスして、地下のラボに入った。
「おはようございます、鈴井様」
挨拶をしてくれたのは、ハタキを持った安藤さんだった。
「おはようございます」
彼女は物凄いスピードでハタキを振り、反対の手に持つハンディクリーナーでホコリを吸っている。やっぱり動きがアンドロイドっぽい。その動きに目を奪われていると、上階からドアの開く音がした。
「鈴井君か、早いな」
螺旋階段を降りてくるのは、三城博士だった。寝起きらしい彼女は、寝癖で頭がもふもふになっていた。毛量が多いせいか、頭が完全に歌舞伎で見かけるあの風貌だ。
「今日からお世話になります」
「うん、よろしく頼む。……ちょっと失礼」
彼女は一言断ると、上体を少し反らし、唐突に髪の毛を振り乱し始めた。
まさか自ら歌舞伎に寄せていくとは。これは一体何の時間だろう。わたしが若干引いているうちに、彼女はピタリと動きを止めた。
「お待たせした」
涼しい顔で彼女が髪をかき上げる。なぜか寝癖が自然なパーマに戻っていた。
「どういう理屈ですかっ」
突っ込まずにはいられなかった。手品か。むしろイリュージョンか。
「なあに、わたしが発明した、こいつの力だよ」
彼女は髪につけていた、ヘアピンらしきものをわたしに差し出した。黄色ベースに茶色いまだら模様。先端に動物の顔がついている。
「……キリン?」
「そう。これをつけて頭を振れば、どんな頑固な寝癖も簡単に治す。その名も、〝ネグセスッキリン〟だ」
「ただのダジャレじゃないですか。しかも、キリンあんまり関係ないですよね」
物凄い発明のような気もするが、とりあえず、わたしは使いたくないと思った。
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