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「そうじゃないんだ。今日はおばあさんに相談があって来ました」
「そうかい、上がりんさい」
老婆の後をついて部屋に上がりました。壁一面に籤のシールが貼ってありました。老婆は何時の茶葉だか分からない急須から欠けたと言うより割れた湯飲みに冷めた茶を注ぎました。割れた湯飲みには赤い染みが付いています。老婆の口元を見ると荒れて血が浮いていました。恐らくその血が湯飲みに着いたのでしょう。
「話を聞こうか、あんたの噂は長から聞いている。村のために一生懸命働いてくれると誉めていた」
「そうですか長とは付き合いが長いのですね」
「あれが子供時分から知っとる」
「おばあさん、村を復興させるためにおばあさんの協力が必要なんです」
「何をすりゃええ」
「この家を売って欲しいんです」
老婆は笑い出した。唇の罅が割れて血が滲んでいる。
「ここを出てわしはどうやって食って行くだ」
割れた罅を舌で舐めました。
「そりゃもう、手厚い保護を用意しています。代替え地に家を建て、生活は役所の保護で暮らせます。ここよりはずっといい暮らしが待っています」
「ずっといい暮らしとは何処の誰がそう思っとる。わしにはここの暮らしが一番いい。子供等のスカを引いた時の悔しさがわしの楽しみじゃ」
老婆が笑い咽た。割れた湯飲みの湯を飲んだが吐き戻した。
「おばあさん、これはお願いなんです。ここにカッパのモニュメントが立つんです。お客さんが全国から、いや世界から押し寄せて賑やかな村に生まれ変わるチャンスなんです。どうか子供等の将来を考えて譲っていただけないでしょうか。この通りです」
私は畳に額を付けてお願いしました。私が頭を上げると老婆が独り言を言っています。誰かと喋っているような感じもします。頷いたり微笑んだり、難しい顔をしたり、言葉は分かりませんが目の前の誰かと話しているような独り言です。
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