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私は返事が出来ませんでした。私を見出してくれたのもこの長です。やはり長に相談してから決めるのが筋だったのです。
「おばあさんから訊いたのですか?」
「おばばはここまで歩いてこれん」
「店には電話がないそうですね役所の人から聞きました。それじゃ誰が長に知らせたのです?」
「川をスイッとひと泳ぎだ」
長は不思議ことを言いました。
「教えて欲しいんです。駄菓子屋のおばあさんは何を糧に生きているんですか?収入はほぼゼロ、預貯金もないらしい」
長はフィルターの無い煙草を咥えた。火箸で燠を挟んで火を点けた。煙草の半分ぐらいが赤くなった。
「あのばあさんはな、子供等の夢を喰らって生きているんだ」
「夢を?」
「子供等が引く籤引きのスカがばあさんの食い物なんじゃよ。子供等が外れた時に一瞬悔しがるその思いがばあさんの餌になっているのよ」
長の話を信じろと言っても無理があります。
「長は村興しに反対なんですか?」
「村興しは賛成じゃ、しかし駄菓子屋を潰すわけにはいかん。それこそミイラ取りがミイラになる。それにお前は出しゃばった。黙って家の改修に精を出していればいいものを、欲をかいたらしい。お前の運もここまでだ。駄菓子屋に上がっただろう、壁一面にスカのシールが張ってあるだろう。あのひとつひとつが子供等の小さな夢のスカだ。ばあさんはあれを剥がして食っている」
長が笑った。私は一礼して長の家を出ました。長も駄菓子屋の老婆ももう長くはないでしょう。私の方が二人より生きながらえるのは火を見るより明らかです。還暦を過ぎてやっと掴んだ運を、くたばりぞこないの言い成りになるわけにはいきません。私は決心しました。駄菓子屋を燃してしまえば問題は一気に解決です。老婆を殺すわけにはいきません。分水嶺の裏側から火をつけて、表から老婆を呼出し石橋の上まで連れ出せばいい。火の手が上がればもうこっちのものです。
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