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私は早速準備に掛かりました。零時を回りました。星明りで目は利きます。灯油を一升瓶に入れて小川沿いを歩きました。駄菓子屋がある分水嶺の辺りで話し声がします。私が近付くと声は止みました。蛙の泣き声だったのでしょうか。でも冬に蛙は鳴くのでしょうか。駄菓子屋の裏に回りました。太い桜の木が並んでいます。家の周りは都合よく枯れ葉の吹き溜まりになっていました。板張りの粗末な作りですからすぐに燃え広がるでしょう。栓を開けて灯油を溢しました。臭いで気付かれやしないか心配になりました。百円ライターで枯れ葉に火を点けました。一気に燃え上がりました。私は急いで表に回りました。
「おばあさん、火事だ、火事だ」
私の予想を超えた燃え上がりかたでした。
「おばあさん、火事だ」
出てくる気配はありません。私は石橋から小川に飛び込みました。全身を濡らして中に入り老婆を助けようと思ったのです。しかし上がろとしても足を引っ張られて上がることが出来ません。川の中に引き摺り込まれたのです。息が苦しくてもがいていましたが気が付いたら町の診療所に運ばれていました。
「私はいったい」
「気が付きましたね、危なかった」
白衣の男が立っていました。
「私は気を失っていたんですか?」
「覚えていませんか、あなたは川に落ちて溺れて意識を失いました。それを駄菓子屋のおばあさんの人工呼吸で息を吹き返したんです」
老婆の罅割れた唇を想い出しました。
「駄菓子屋はどうなりましたか?」
「今日も営業していると子供達から聞きました。偉いおばあさんだ」
そんな馬鹿なことはない、燃え上がるのをこの目で見た。全焼しているに違いない。
「先生、もういいですか?」
「ああいいでしょう、村一番の功労者をいつまでも留め置くことは出来ない」
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