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6
「よもぎの匂い。おかあはん……」
「そうどすな、お嬢さん。奥さんは、よもぎの香りがお好きどしたな。春になると、奥さんはお嬢さんを連れて、よう鴨川へよもぎを摘みにいかはりましたな……」
りんも乳母も涙をポロポロ流した。仮面さんは急須のよもぎ茶を茶碗に注いて、乳母に手渡す。乳母は呑み口によもぎ茶を注ぐと、りんの口元に差し出してみたのだった。
普段は水すらなかなか飲まないりんが、この時は、素直によもぎ茶を飲んだのだった。よもぎ茶を飲むと、りんの目から、またポロポロ涙があふれ出た。能面のように硬かったりんの表情が、少しゆるんで、かすかに赤みがさしたのだった。
「お嬢さん、ほっしんていうのを知っといやすか?」
「ほっしん? それなんだす」
「ほっしんは干飯のことだす。おこげをいかきに入れて、からっと干しますのや」
「おこげだすか?」
「へえ、これをお湯のみに半分ほど入れて、お塩をひとつまみ入れて、熱いお湯を注いで、しばらく置くと、お粥さんみたいになるんでっせ」
仮面さんがその言葉の通りに手を動かすと、りんの目は、その大きな手を見続けていた。今まで何にも関心を持たなかったのが嘘のようだ。やがて、おこげの香ばしい香りが漂った。
「香ばしいし、さっぱりしてます。お嬢さんのお口に合いますやろか……」
「へえ、頂きます。お乳母はん、ちょっと起こしておくれやす」
乳母が支えて起こすと、りんは大ぶりの湯のみ茶碗を両手でもった。香ばしい香りを吸い込むと、心が和らいだ気がする。ゆっくりと飲むと、臓腑の中まであたたまった心地がした。
「お嬢さんが、ものを口にするなんて……」
と、乳母はうれし涙を流した。
りんは痩せ細った肩を震わせて涙を流した。仮面さんの目が、仮面の下で潤んでいるように、りんは感じた。仮面さんが自分のつらい気持ちをわかってくれたのだと。
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