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7.  朝、大学に行こうとして心配した英斗が送ってくれることになった。紅葉の目は泣いていたせいか少し腫れている。英斗はその顔を見て、今日は休んだらどうかとも言ったが、紅葉が行くと言って聞かなかった。英斗の車に乗り、出発する。 「紅葉、作ってくれたお菓子、美味しかったよ。昔からお菓子作りが好きなだけあっていろいろ作ってくれたな。まあ、そのせいで俺は友達に『彼女みたいな妹だな』とよく茶化されたけどな」  英斗は紅葉を元気付けようとしているのか、話を振る。しかし、紅葉は何もしゃべらなかった。お互い無言になってしまい車だけが走っている。英斗は無音が辛くなったのか、音楽をかける。紅葉はその間、車窓から見える景色をぼんやりと眺めていた。  大学に着いて、紅葉が車から降りようとした時、英斗が口を開いた。 「紅葉、何かあったら電話しろよ。帰りも迎えに来るからな。講義、頑張れよ」  英斗が心配そうに声を掛ける。紅葉はその返事をぽつりとつぶやくように言った。 「・・・ありがとう、お兄ちゃん」    教室に入ると千秋が真っ先に声を掛けてきた。 「紅葉!良かった、出てこれて・・・。お兄さんに送ってもらったんだね。駅にいないから心配したよ」  千秋はそう言って紅葉を優しく抱き締めて安堵する。車に乗っている時に千秋には心配して家に来ることがあるかもしれなかったため、あらかじめラインで英斗が送ってくれることになったことを伝えておいた。そのラインで千秋は安心したのか、「また後でね」という返事が来て、大学に着いてようやっと顔を合わせることができたのだ。    講義が始まり、紅葉は集中して取り組んでいた。元々、勉強したかった学科だし集中していればその間だけでも辛い気持ちを忘れられるかもしれない。そう思い、没頭するように講義を受けていた。千秋が隣で心配そうに見ている。でも、紅葉の気持ちを考えると何も言うことができないでいた。    お昼休みに入り、紅葉と千秋は食堂でお昼ご飯を食べることにした。 「紅葉、これから新さんとはどうするつもりなの?」  学食のカレーを食べながら千秋が聞く。その言葉に紅葉はきつねうどんを食べている手を止め、小さな声で言う。 「・・・それでも、私は好きなんだもん」  かなり小さい声で言ったからか、言葉がうまく聞き取れなかったが紅葉の雰囲気で別れたくないという気持ちが伝わってきた。 「まあ、周りがどうこうじゃなくて本人たちがどうしたいかってことなんだって言うのはは十分分かっているんだけどさ。ただ、紅葉が心配なのよ。そこまで心が強いわけじゃないし・・・」  千秋が言葉に詰まる。でも、その言葉の通り、紅葉は心が強いわけじゃない。どちらかといえば脆く儚いタイプだ。お互いが無言になる。沈黙のまま、昼食を食べ終わり午後からの講義を受けた。  講義が終わり、門のところに行くと英斗が待っていた。スーツ姿だから仕事終わりか、一旦抜けて迎えに来たのだろう。いかにも大人の英斗に周りの学生たちから注目を浴びていた。でも、英斗はそんなことを一切気にせずに佇んでいる。  「お兄ちゃん!待たせてごめんね!」  紅葉が小走りで英斗のところに行く。 「おつかれ、紅葉」  そう言うと、紅葉を車のところに連れて行く。車に乗り、走り出した。車の中で紅葉はまた、窓の外を眺めていた。その横顔に英斗が声を掛ける。 「講義、どうだった?千秋ちゃんも心配していたんじゃないのか?」  英斗の質問に紅葉は答えない。  「心ここにあらず」という状態だった。  家に着いて、車から降りた時に小さな声で紅葉が言う。 「ありがとう、お兄ちゃん」  紅葉はそう言うと、家に入っていく。その背中には悲しみと苦しみが入り混じっていた。その様子に英斗は状態的にこのままでは危険なのではないかという危機感が頭の中を駆け巡る。  英斗は傍にいてやりたい気持ちがあったが、仕事を途中で抜けてきていて、戻らなきゃいけないことに苛立ちを感じながら、再度車を走らせた。  紅葉は部屋に入ると、ベッドに倒れ込んだ。 「疲れた・・・」  かなりの疲労が紅葉の体を襲っている。家に入ってから、また車のエンジン音がしたから英斗がどこかに行ったのは分かった。 「・・・また、頭撫でて欲しかったのにな」  悲しそうに呟く。心地好いから、安心するためにも帰ったら頭を撫でてもらいながら少し休もうと思っていた。でも、時間的にまだ仕事の途中だったのだろう。 「我が儘言ってちゃだめだよね・・・」  そうぽつりと小さく言うと、起き上がって今日の講義の復習をする。何かをしていれば余計なことは考えなくなると思ったのだ。  仕事が終わり、英斗はある場所に赴いた。待ち合わせをしていた人と話をする。 「・・・・・・その段取りで頼んだよ」  英斗が真剣な顔でそう話す。一緒にいる人はその頼みごとを快く了承する。  話が終わると、英斗は車に乗り込み、帰宅した。    大学に行くとき、帰るときは英斗が送り迎えをするようになった。紅葉は相変わらずどこかぼんやりとしている。その様子を近くで見ている英斗と千秋は紅葉になるべく寄り添ってあげようと傍にいた。  いろんな気持ちが交差する日々が続く。  そして、新との約束の土曜日が来た。 
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