10.

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10.  落ち着いた喫茶店で、新と鈴乃が対面して座っている。 「こんにちは、新くん」 「・・・鈴乃さん、なんでこの店を選んだんですか?」 「そう聞くってことはこの店の名前の意味が分かっているみたいね」  この店の名前は「L’homme du destain」という名前でフランス語だ。   そして、日本語に訳すと、 「知っていますよ・・・。日本語にすると『運命の人』。ここで、告白するとそれが運命の人なら想いが叶うというジンクスがありますから・・・」 「そうみたいね」 「僕のことを、からかっているのですか?」  新が低い声で言う。からかって遊んでいるのではないか?その思いがある。もし、本当にそうならこれほどみじめな事はない。恋焦がれている人にこんな風に遊ばれたくない。  余裕の表情をしている鈴乃を見て、胸が締め付けられそうになる。鈴乃は大人で自分は子供だということを嫌でも思い知らされる。呼吸が乱れてきそうになり、息を整えていると、そこに温かいコーヒーとナッツの盛り合わせが来た。 「とりあえず、これでも飲んで落ち着くといいわ」  大人の対応をする鈴乃にみじめさを感じながらコーヒーを頂く。熱すぎず、冷めすぎてないコーヒーは程よい温度だった。コーヒーを飲むと呼吸の乱れが少し落ち着いてくる。 「やっぱり、ここのコーヒーは美味しいわね」 「鈴乃さんは、ここに来たことがあるんですか・・・?」  鈴乃の言葉に新は気持ちが少し落ち込む。誰と来たんだろう・・・。この前店に来た元恋人さんかな?とか考えながらナッツを口に放り込んだ。鈴乃が言う。 「・・・誰と来たのか聞かないのね」 「え・・・?」  予想しなかった言葉に新の声が思わず裏返る。 「もしかしたら、妬いて聞いてくると思ったんだけど、私の思い違いだったかもしれないわね」  鈴乃はそう言って、少し寂しそうな顔をした。 「え・・・あの・・・それって・・・」  新はその展開に頭が働かない。鈴乃の言葉が理解できない。いや、理解できないのではなく、もしかしたらという期待が膨らむ。でも、もし違ったらとても自信過剰なのではないかとも考えてしまう。  新が、戸惑っている様子に鈴乃は「やれやれ」と、掌を額に当てた。そして、優しい表情で言葉を紡ぐ。 「私は新くんのこと、好きよ」  突然の告白だった。 新が信じられないという顔でポカーンと口を開けている。その様子に鈴乃が笑いながら言った。 「口が金魚さんになっているわよ?」  鈴乃の言葉に新が慌てて手で口を押える。 「返事は?」  鈴乃が言う。 「えっと・・・、その・・・。え、え、え?」  新はまだ起きている状況が掴めないでいる。でも、顔はどんどん茹でたこのように真っ赤になって固まっていった。 「新くん、今度は赤い氷になっているわよ?」 「あの・・・鈴乃さん・・・」 「なに?」 「僕、鈴乃さんに告白されたんですよね?」 「えぇ」 「現実ですよね?」 「そうよ」 「夢じゃないですよね?」 「夢じゃないわ」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・よろしくお願いします」  新は深々と頭を下げた。これが夢でないことを祈りながら奇跡ともいえる出来事に感謝する。 「私の方こそ、これからよろしくね」  鈴乃が手を出して握手を求める。新はその手を強く握った・・・。  なぜ、このような状況が起こっているのか、話は数日前に遡る。    英斗が紅葉を家に送り、仕事も終わって赴いた場所は「洋食屋クレール」だった。鈴乃と会い、計画する。 「じゃあ、土曜日に紅葉とその新って奴が会うんだな?」 「ええ。私がその彼女ちゃんとちゃんと話をしなさいって言ったのよ。まあ、彼ではなかなか無理かもしれないけどね・・・。とりあえずいつものカフェに行くって言ってたわ」 「その店の名前は?」 「カフェ&ドルチェ ノア、よ」 「じゃあ、俺がその店に行くまでに紅葉を連れ戻す。鈴乃は言っていた店であいつを待っていてくれ。その店のメモを俺があいつに渡しておくよ」 「分かったわ」 「それにしても意外・・・でもないか、鈴乃もあいつのことが好きだなんてな」 「まあ、仕事ではとても頑張っていてお客の対応はきちんとした言葉でちゃんと対応できるのに、本来の性格はどこか天然で純朴なのよね。そのギャップにやられたというか・・・気付いたら好きになっていたのよね・・・」 「まあ、鈴乃はどちらかというと姉御肌のタイプだし、年上に守ってもらうタイプというよりは自分が相手を守りたくなるタイプの人間だからな。純朴な彼を守りたい~とか思ったんだろ?」 「・・・まあ、そんなところね。でも、私も女性だからかしら?告白するより告白されたいのだけど、彼からの告白は難しそうだからね。だから、このチャンスを使って告白したいのよ。にしても・・・」 「なんだ?」  鈴乃が英斗をじっと見つめる。 「まさか、初めて店に来た時の私の態度でこの感情を見抜くとわね・・・。さすが心理学部で名を馳せていただけのことはあるわ」 「ああ・・・。あの時、あいつが俺たちの会話に付いていけなくてその場を離れた時のお前の表情がいかにも寂しそうで、どこか憂いている感じがあったからな。その表情を見て、あいつのこと好きなんだと思ったんだ」 「全く。再度店に来てその話を聞いたときは驚いたけど、やっぱり気付いていたんだって正直驚きを隠せないわ。でも、それだけの人を見ることができるからカウンセラーができているのよね。感服としか言いようがないわね」  そう言うと、コーヒーを一口飲んだ。鈴乃が言葉を更に続ける。 「で、妹ちゃんにはこれを機に例の話をするの?」  鈴乃の言葉に英斗が表情を下に落とす。 「ああ・・・。いい機会だし、今ならそのことを受け入れられると思う・・・」 「頑張ってね。影ながら応援しているわ」 「サンキューな」  英斗の表情はどこか澄んでいた。覚悟が決まった・・・ともいえるような顔をしている。  そして、鈴乃にお礼を言った。 「コーヒー、美味かったよ。ごちそうさま。じゃあ、土曜日はその段取りで頼んだよ」 「了解!」  鈴乃がオッケーのサインを出した。    その後、会計を済ませて店を出た。    そして、土曜日になり計画が行われて今に至る・・・。  夕暮れが迫ったころ、紅葉はゆっくりと目を覚ました。
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