想いが泡になる場所で

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   海中は昨日の台風の影響で、想像以上に視界が悪かった。コバルトブルーが綺麗なはずの海だが、砂ぼこりや海藻が舞い、数メートル先すら見えない。  沈没船が沈む15メートル地点へは、海面から海底へ繋がれた潜水索というロープを握りながら潜る。潜水士はこのロープを絶対に離してはいけない。  前を泳ぐ上島先輩を見失わないように、目を凝らしながら潜水する。  次第に太陽光が届かなくなり、どんどん暗くなった。  左手でロープを握り、右手で水中ライトを照らしながら進んでいく。  時より鮮やかな熱帯魚が岩穴から顔を出し、こちらを不思議そうに眺めていた。  15メートル地点に到着し、ライトで辺りを照らす。  青みがかったサンゴ礁がぼんやりと浮き上がった。光があまり届かないためか、鮮やかな色彩ではなく、深みのある色合いだ。  海底に広がるサンゴ礁の上に、ぼんやりと白い物体が浮き上がる。海の中で異質な存在感を放つ人工物。  沈没船だ。  ひっくり返ることなく、そのままの状態で沈んだらしい。  横幅7mほどの大きさで、定員12名の小型遊覧船。1階部分が客席、その上に操縦席がある。  先輩のジャスチャーを読み取り、持ってきた別のロープを潜水索に繋ぐ。  ロープを拡張し、広い範囲を移動できるようにするのだ。それを落とさないように左手でしっかりと握りしめ、沈没船に向かう。  よく見ると、沈没の衝撃からか船体の後方に大きな穴が開いていた。その穴に酸素ボンベがぶつからないように慎重に体を滑らせる。 私の口から漏れた小さな白い泡が暗い船内を漂った。  中には外れた椅子や木の板が漂っており、それを一枚ずつ慎重に持ち上げる。ライトで照らしながら、木の下を覗き込んだ。  砂、朽ちた木、石、海藻、ガラスの破片、外れた椅子カバー……  漂流物の溜まり場を一つずつ確認していく。  ほとんどは海流で流されてしまったのか、船内に残された物はごくわずかだった。  船内を奥へと進むたびに、ロープを握る左手に力が入る。  静かな海底とは裏腹に、心臓の鼓動が耳元に大きく鳴り響いた。  ……何も見つからない。  思わず息を吸うのを忘れていたことに気が付き、慌てて息を吸う。口から漏れた大量の泡が船の天井に吸い込まれ、音もなく消えていく。  船の先端に辿り着き、上島先輩がこちらへ振り返った。そして、首を横に振る。  ――船内には誰もいない。  心臓が潰されるような痛みを感じ、顔を大きく歪める。  腕時計をすばやく確認した。  潜水してから13分。残りは2分。  先輩が手で船を指差し、ぐるりと回るジェスチャーをした。船の周りを一周するというメッセージだ。  これが今日のラストチャンス。  先輩の後に続き、先ほど入ってきた後方の穴から船外へ出る。  船の後方から先端へ向かい、辺りの捜索を開始した。  
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