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目の前から幾つものリングが連なり漂ってくる。
そこに誰かいる。
私はそのリングに真っすぐ右手を伸ばした。
人の手のような生温かいものに触れ、心臓の鼓動がドクンと高鳴る。
触れた感触が不思議と懐かしい。
暗闇から、勢いよく何かが近づいてきた。
ぼんやりとした輪郭が次第にくっきりと描かれ、思わず目を見開く。
ターコイズブルーの髪の毛に、オレンジ色の大きなヘアピン。
桜貝色の宝石を散りばめたような美しい水着と透き通った白い肌。
目の前から現れたのは、美しい女性だった。
どうしてこんな場所に女性が?
戸惑う私に彼女が震える手で何かを差し出す。
これは……
私の口から大量の泡が一気に溢れ出した。
海中でも感じる命の重み。
遭難した女の子だった。
すぐさま女の子に酸素マスクを取り付け、顔を覗き込む。
青白かった女の子の頬が、ほんの少しだけ赤くなった。
手足の血色も次第に良くなり、全身から生命力を感じる。
こんな奇跡……
私の口から溢れた大量の泡が、女性の泡にぶつかった。
勢いよく顔を上げ、女性を見つめる。
彼女の姿を見て、思わず全身が震えた。
水着と思っていたのは彼女の鱗で、ヘアピンだと思っていたのは生きたヒトデだった。そして足元には魚の尾が生えている。
絵本でよく見たことのある、美しい人魚そのものだった。
女の子を見つめて、嬉しそうに微笑んでいる。
その瞬間、心に漂っていた泡が一気に弾けた。
私は、この笑顔をよく知っている。
幼い頃、一緒に海に潜った時に見せてくれた笑顔。朝起きて一番に挨拶をしてくれた時の笑顔。誕生日に貝のネックレスをくれた時の笑顔。
私がどんなに落ち込んでいても、その笑顔のおかげでまた元気になれた。
何年経っても忘れられるはずがない。
宝石のようにキラキラしていて、可愛らしい、
世界で一番大好きな詩織の笑顔。
『詩織』
無数の泡が煌めいて、詩織の顔に弾けた。
彼女が驚いたように強く目を閉じる。
幼いころ、くしゃみをした時の顔に似ていた。
詩織がゆっくりと目を開け、透き通る瞳で私を真っすぐ見つめる。
鏡のような瞳に私の姿がくっきりと映し出されていた。
そして夜の波の音のように穏やかに微笑んだ。
『お姉ちゃん』
2人の泡が海中に漂って、静かに重なり合う。
2つの泡が振動し、1つの大きな泡になった。
声は聞こえないはずなのに、詩織の優しい声が心の中で弾む。
嬉しいけれど、少し照れくさい。
心がじんわりと温かくなり、その熱が全身に伝わっていった。
頭、首、腕、お腹、背中、手足。聖火リレーのように、体の隅々まで熱が運ばれる。全身の血液が沸騰し、ブクブクと泡を出した。
やはり詩織の笑顔は私を鼓舞する力を持っていたんだ。
女の子を強く抱きしめ、詩織を真っすぐ見つめる。
『詩織が繋いでくれた命のバトン、私が最後のゴールまで届けるね』
『ありがとう。お姉ちゃんなら大丈夫だよ』
『ありがとう』
詩織が優しく微笑み、暗い海面に鮮やかな花が咲く。
私はゆっくりと沈没船の方へ向かって泳ぎ出した。
自分に託された使命のために。
私は来た道を戻り、20メートル先の地上へ。
詩織は広く深い海の中へ。
別々の世界へ帰っていく。
それでも、また詩織と会える気がした。
暗い海底でも、言葉が泡になったとしても、想いが伝わると分かったから。
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