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姿が見えない向こうの声が、いつまでも名残惜しくて耳の奥に残っている。私の大切な人の声だ。胸の前でグッと拳を作った。
母の物を捨てなくてはいけない。そう思うといたたまれない気持ちになって、いつも苦しくなっていた。いらない物なのに、どうしても捨てられなくて、捨てなくちゃいけないと思えば思うほど、自己嫌悪に陥っていた。孝介が『残すものを選ぶんだ』と言ってくれて、孝介の温かさに触れ、胸のつっかえがスッと降りた気がした。母との大切な思い出は残していい。そう背中を押されたようで、孝介との新しい人生も明るい兆しが見えてきた。
「よし、頑張ろう」
もう、涙は止まった。誰もいないこの家はとても静かで、私が廊下を歩くと床板がきしむ。私は一人、静けさの中でもう一度遺品と向き合う。亡き母に思いを馳せて、私は一歩前へと進む。また賑やかで温かい家にするんだ。
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