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早く打ち明けてしまえば、顔を見るたびに結婚のことを探られそうで、なかなか伝える気になれなかった。はっきり決まったら話すつもりだった。ちゃんと言うつもりだったんだ。お母さんがこんなに早く、あっという間に亡くなってしまうなんて思わなくて。
ずっと気にかけてくれていたよね。分かっていたよ。気付いてたけど、なんか気恥ずかしくて、孝介のこと言えなかった。
「お母さんに『おめでとう』って、言って、ほしかっ……た」
孝介といつかは結婚しようと、漠然とした約束はしていた。お母さんを早く安心させてあげたかったのに。いつもタイミングが悪いんだ。後悔ばかりが脳裏をよぎる。
お母さん……もっとたくさん話したかった。耳が痛い話をうっとおしいなって思いながらも、もっと聞いていたかった。これから先、結婚して子供が産まれて、育児に悩むこともあると思う。お母さんに相談して「大丈夫よねぇ!」って笑ってほしかった。孫を愛おしそうに抱く姿を、この目にしっかり焼き付けたかった。今更どう転んだとしても、決して叶うはずのない未来。
熱い思いはとめどなく頬を流れて落ちた。胸から押し出される思いは言葉にならない。言いたいことはいろいろあるのに、孝介に何も伝えられない。
『結花』
耳の奥で優しく呼ぶ声が、私を引っ張り戻した。
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