8.闘う鶏。

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建物の中には入ると人が大勢ですごい熱気だ。無理もない、金が絡むと人は夜叉にでも亡者にでもなってしまう。 勝てなかった鶏は籠に押し込められて飼い主から罵声を浴びせられているが、諦めたような目をしてうずくまっている。 大人ばかりの中に一人の少年を見つけた。 連れている鶏は一羽で、しかもやせっぽちで年寄りだ。ほかの若くて闘争心むき出しの鶏と比べると見劣りがする。 「やあ、姉さん。オレは朴鈴(ボクリン)。こいつは相棒の老兵(ロウヘイ)。うちの鶏に賭けてみないか。こう見えて強いんだぜ。負けたことがないんだからな」 「でもやせっぽちじゃないか。覇気がないしさ。こんなんで土俵に上がれるのか?」 紅星は本心からそう心配したのだが少年は顔を真っ赤にした。 「こいつがこんな年寄りになるまで生き残ったのが強い証拠だ!」 宦官になりたてなのか、少女のような甲高い声とかすれた声が混じる。処置の具合では男性と女性の狭間で揺れるように成長が止まることがあるといい、少年は子どもらしさと大人の男のあやうい境界線に立っている。 その不自然さが紅星には痛々しく見えた。 「負けた鶏は食べられちゃうってことか」 「そうだよ。ほら、さっき負けたあいつはもう裏から肉商人に売り飛ばされてるよ」 指差すほうを見ると、すっかり疲れ果ておとなしくなった鶏が首をひねられているところだった。 ぎゃあ!と一声鳴いたのはせめてもの抵抗か。 「あんた闘鶏は初めて見たんだな」 「そうだよ。賭け事は好きだが生き物の勝負は最後まで見えてこない」 「そりゃあそうさ。こいつらは闘うために生まれてきた鶏だからさ!」 少年が籠のそばに膝をついて相棒に語りかける。 「お前は勝ってくれるな。そしてお妃様のお役に立てよ」 「どこの宮の妃に仕えてるんだ?」 紅星が尋ねると気まずそうな顔をした。 「今、聞かなかったことにしてくれよ。ここでの賭け事は非公式なんだ。もし皇帝陛下にばれたりしたらみんな死罪だ」 「分かったよ、じゃあお前の相棒に全額賭ける、だから勝てよ!応援してるからな!」 「うん!任せておけ!」 掛け金を払って木札をもらうと紅星は鶺鴒と濫夕のところに戻った。 「ほう、一点集中。いい鶏がいたのか」 「ああ、歴戦の勇者だ。鶏肉にされずに生き残ったっていうすごいやつだよ」 「秘技を使わずに選んだと?ばかなんですね、あなたは」 濫夕が呆れたように言い、紅星はむっと口を尖らせた。 「あそこの鶏たちはもう鳥じゃなかった。頭の中が闘うことでめちゃくちゃに壊れてる。こっちのことばなんて通じない」 「それで唯一、ことばが通じたのがその老兵(ロウヘイ)ってことか」 鶺鴒が紅星が賭けた木札を見て、薄く笑った。こいつがこの笑いをしたときはろくなことがない。そして必ず紅星は巻き込まれる。 「あのさ、ずるとかしなくていいから」 「ずる?お前がついているというだけで、老兵にとっては最強最悪の策士を手に入れているのだからな!」 「でも土俵の上の闘いは神事なんだろ。そういう願掛けを汚したらばちがあたるって。あたしは、こうしろああしろとか言えないもん」 「大丈夫だ。戦略なら私が立てておいた」 鶺鴒は紅星に木簡を渡した。びっしりと作戦が立ててある。 「これ、鶺鴒が考えたのか?お前ってそういうところあるよな、陰謀とか考えるの好きだろう」 「勝機を探すのがおもしろい。それだけだ」 さあやれと言われ、紅星は土俵に上がった老兵の鶏に向けて口笛を吹いた。 あんたの老練な闘い、見せておくれ! 鶺鴒が立ち上がって大声で声援を送っている。こんなに生き生きした顔は初めて見た。 案外、年相応なところもあるじゃないか。 紅星は鶺鴒をもっと喜ばせてやりたくなり、本腰を入れて作戦を実行し始めた。 不利かと思わせて奇襲をかけ、すかさず追い討ちし、完膚なきまでに叩く。 鶺鴒の策は苛烈極まりない。 こんな奴が本物の戦争を始めたりしたら恐ろしいな。 ふっと紅星はそう考えぞっとした。 皇帝ならありえるんだ。人を鶏のように扱い闘う、それも自分の領土を守るという利己的な自尊心のために。 「紅星、とどめをさせ!」 ぴいっと口笛を吹く。老兵は倒れたと見せ、油断した相手の喉笛に食らいつき引き倒した。 すっかり戦意を喪失した相手は土俵にうずくまり勝利が確定した。 「やった!勝ったぞ!やった!」 髪を振り乱して勝者を讃えている鶺鴒のうれしそうな顔は、まるっきり子どもだ。 紅星は木登りやかけっこ、石投げで村一番になりたくて秘密の特訓をしていた子どものころを思い出した。あのころの自分とかわりはしない。鶺鴒は皇帝という権力の座に着いてはいるが、人の心を持っている。そのことを恐れるなんてどうかしてる。 「鶺鴒の策は苛烈だけど相手をじわじわ弱らせて、ちょいちょい撃ち込んでいくってのが性格出てておもしろかったぞ」 褒めたつもりだったが、鶺鴒はぷっとふくれた。 「機嫌を悪くしたか」 「いや、そうじゃない」 なにがそうじゃなくて、ふくれているか知らないが、ともかく勝利には違いない。 濫夕が換金してきたら掛け金の30倍にもなっている。 「逆ばりでしたから、ほかの者に恨まれそうです。ここらで退散しましょう」 そのときだった。土俵に相手の鶏の飼い主が現れ怒りに任せて鶏を叩きつけた。 「なにか小細工をしたのだろう!うちの鶏がそんな老兵に負けるはずがないんだ!」 少年が自分の鶏を庇い、相手に立ち向かう。 「お前たちこそ!鶏に変な薬を飲ませてる。だから毒が体に回っておかしくなるんだ!」
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