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8.闘う鶏。
闘鶏とは鶏を闘わせて競う娯楽で、国中で大流行している。
後宮でもその流れは止められず、宮の主である妃が胴元となり盛んに開催されていて、その収益を見込んで猛者が集うという。
「といっても鶏だろ。牛とかヤギとかが闘うんじゃないんだからさ」
紅星は下女の服装、鶺鴒と濫夕は下僕の服装で変装し、闘鶏を見に来たのだ。
下女も金を賭けて買った負けたと大騒ぎしていて、あっというまに金をすってしまっている。がっくりしている者たちを見ていると、紅星もじっとはしていられなくなってきた。
「ちょっとなら賭けてもいいかな」
「あなたが賭けるのは少々、ずるい気もしますが」
「ちゃんと汎娘から小遣いもらってきたから!少しはこの秘技を生かして晴雪宮の生活費に充てたい!もっと稼げたら仕送りしたい!」
「せっかくやった褒美を全部村に仕送りしてしまうからだ」
鶺鴒がじろりとにらんでくる。
「お前は後先考えない」
「だって!あの褒美があったら次の納税のときに種籾を差し出さなくてもよくなる!そうしたら村のみんなが祭で餅を食べられるんだ」
「餅ならあるぞ」
鶺鴒は懐から笹の葉を編んだ筒型のものを出して紅星に渡した。
「これ、食べ物?」
「私の母の国では季節の変わり目に笹で巻いた餅を食べる習慣がある。料理人に作らせてみた」
「それで闘鶏の会場にも笹が立てられてるんだ」
「元々は神事だった。どちらの鶏が勝つかで吉凶を占ったそうだ」
紅星は鶺鴒の手元を見ながら笹を開いた。細長い魚のような優美な形。口に入れるともっちりしていて、珍しい緑色の餡がとろりと甘い。
「この餡はえんどう豆だな。うちの村長の好物でさ、一度だけ豊作のときにみんなで餅ついて餡を練って蒸して作った。そのときには不思議な味だなって思ったけど、笹の香りが付くとうまいね!」
「ほう。お前の村の長は緑餡を好むのか」
「その一度きりしか作れなかった。そのあとは夏も寒くてひょうが降ったり災難続きで不作でさあ。ことしは今ごろ、餅を食ってるかな」
「そうだといいな」
鶺鴒が餅を食べ、笹を濫夕が受け取りその手を拭いてやっている。こんなによく食べているのは珍しい。そのことを紅星が尋ねると、
「いつもは毒味を入れるからな」と物騒なことを言う。
でも確かに最近、緑輝公主も食欲がない。実はいつも食欲全開の月如も大好物の鶏の肉を食べないと侍医の冬帰から報告があった。
「この季節は夏に近づくから腹をくだす子どもが多いんだ。食欲がないのは心配だけどそのうち元気も出てくるかな」
鶺鴒は次の餅をぺろりと食べてしまった。よほどおなかがすいていたらしくて、そういう子どもらしいところは見ているとほほえましい。
次の餅を食べるか悩みつつ笹を開きながら、言い訳のようにつぶやいた。
「笹には解毒の作用もある。子どもの成長を願う食べ物だからな」
「そうだったんだね。村長がそんなこと考えてたなんて知らなかったよ」
「お前はその村長を好いているのだな」
「ああ、何でも知ってるし、優しいし、あの人がいなかったらうちの村はとっくに離散してた。あたしをこうして後宮に働きに出したのも村長のおかげだしな」
「つてがあったのか?」
「詳しくは知らないけど、行商人が話を持ってきてくれて、読み書きの試験をしてあたしが選ばれたってわけだ!どうだ!すごいだろう!」
「洗濯女から妃になったのだ。村では大騒ぎをしているだろう。そんな例はないからな」
「えっ!そうなの?下女の中にもかわいい子がたくさんいるよ。鶺鴒もさ、身分が高いとか、お金持ちとか、美人とか、そういう基準で奥さんを選ばずに好きな人を妃にしなって。そのほうがお互いに幸せだろ?」
ひとつの試合が終わった。
負けた鶏はこそこそと土俵から去り、勝った鶏の飼い主が腕に留まらせて雄叫びを上げた。
「じゃあ次の試合から賭けるぞ!」
「その前に少し鶏を近くでご覧になってきたらよいでしょう」
濫夕が建物のひとつを指差した。
「あそこは鶏を試合前に待機させるところです」
ほかの参加者も賭ける前に鶏の様子をじっくり見て策を立てているらしい。
「よし!しっかり見てくるよ!」
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