小児科病棟

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小児科病棟

今日はやたらと昔のことを思い出すなぁと思いながら仏壇に手を合わせ、志乃さんが作ってくれたご飯を食べる。 残りを冷蔵庫にしまうと、昨日作っておいたお土産用のお菓子を箱に詰めてから着物に着替えて家を出た。 タクシーに乗って向かったのは、俺が昔からお世話になっているかかりつけの大学病院だ。 「美生(みお)くん?最近はどう?」 「はい、何とか…大丈夫です」 大橋先生は、俺が生まれた時からお世話になっている先生で今でも定期的に診てもらっている。 「子供たちのために頑張ってくれるのは嬉しいけど、季節の変わり目だからあまり無理しないようにね?」 「はい」 「後で診察するから終わったら来て?」 「はい、ありがとうございます」 俺は生まれながらに心臓が悪かった。 本当なら生まれてから半年もすれば、父の住む都内の家に戻るはずだったが、そこから6年の間この病院のお世話になることになる。 母も俺に付きっきりで父の住む家に帰れない事から、都内の大きな病院に転院することも考えたらしいが、仕事ばかりの父に協力を得ることも出来なかった母は、じいちゃんばぁちゃんに頼るしか無かったようだ。 そしてやっと心臓の手術ができたのが小学生の頃で、それまで俺は病院から出ることは愚か、父親にさえ会ったことは無かった。 ここにいる子供たちはみんなそれぞれに重い病気を患っていて、生まれた時からここ入院している為、当時の俺みたいに一度も外で生活をした事の無い子も少なくは無い。 そんな子供たちに俺は小さい頃の自分を重ね、何か出来ることは無いだろうかと、月に一回くらいにここに来ては子供たちに自分の作った和菓子を配っているのだ。 もちろん、病気に応じて食べる事ができない子供もいるのだが、先生と相談してできるだけ病状に応じて、食べることができるように工夫して作っている。 「わぁ、綺麗なお菓子!」 「そうだろ?食べても美味しいぞ?」 「けど…勿体なくて食べれない…」 「ふふっ、食べてくれないと困るなぁ…」 「じゃあ…いただきます……わっ、美味しいっ!」 ほっぺが落ちそうなほどニコニコの笑顔でお菓子を頬張る子供たち。 お菓子ひとつで笑顔になれる、元気が出るって、俺もそんな経験があったから… だから俺の作るお菓子で少しでも子供たちの力になれたらって思ったんだ。 じいちゃんと叔父さんからから受け継いだこのお菓子を、せめて俺が死ぬまでは絶やしたくはなくて、何とか踏ん張っているところだが… やっぱり、一人だとちょっと大変だ。 「うーん、少し調子悪い?」 「そう…ですか?」 聴診器を耳に当て俺の胸の音を聞く先生は眉間に皺を寄せる。 確かにこのところ休みなく働いていて、体を労わっている暇はなかった。 だけどもう俺もいい大人だし、少しくらい無理したって大きな発作は起こさないだろうとタカをくくっていた。 「うん…吸入していこうか」 「はい…」 「叔父さんが亡くなってから、お店一人でやってるんだろ?」 「うん、けど(とく)さんもいるし、やる事はそんなにいつもと変わらないから」 「体力的な問題だけじゃないんだよ?心も休ませないと…こういう時は急に来るから、気をつけないとね?」 「うん…わかった」 先生と話してるとつい子供の頃に戻ってしまう… 子供の頃は必ず誰かが助けてくれて、甘えてるつもりは無いけどどうしたって頼ってしまっていたから。 だからそろそろ本当に一人で自立するべき時が来たんだと、これを機に人に頼らずに頑張ってみようと思ってたんだけど、病気だけは自分だけではどうにも出来ないってことだよな。 大人しく先生が用意してくれたネブライザーを装着して、モクモクと水蒸気を当てながらまた昔のことを思い出していた… 俺が父親に初めて会ったのは、小学校二年生の頃。 心臓の手術を無事終えて、この田舎から都会の父の家に引っ越した時だった。 心臓が治ればみんなと同じように遊んだり走ったりできるもんだと思ってたのに、現実はそう甘くはなかった。 心臓とは別に、今度は喘息が俺を苦しめたんだ。 それだけが理由じゃないけれど、俺と家族との生活はそう長くは続かなかった。 だけど俺はあの家にいるより、ここに帰ってきてよかったって思ってる。 だって、あの家に俺の居場所はなかったから… だけど、一つだけ…心残りな事があった。 今でも忘れられない、淡い恋の想い出…
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