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忘れられない約束
先生からは無理をするなと言われたけれど、ここの所繁忙期で忙しい。
俺はとにかく店を潰さないように朝早くから夜中まで一人、和菓子作りに没頭していた。
そして今日もいつものように着物を着て店を開け、開店準備を始める。
「ん"…っ」
「大丈夫ですか?ぼっちゃん?」
「あぁ、平気。ちょっと喉がおかしかっただけ」
「調子悪いなぁと思ったら、すぐ休んでくださいよ?」
「うん、分かってる」
「すぐ無理するんですから」
「大丈夫だって」
志乃さんはとにかく心配症だ。
震災の後、俺が体調を崩した際に結構大きな発作で迷惑をかけてしまってから、ちょっと咳をしただけですぐすっ飛んでくるようになった。
だけどあれからそこまで大きな発作は無いし、心配しすぎだって言ってるんだけど、最近では「私だっていついなくなるか分からないから」なんて縁起でもないこと言いながら、やたらと縁談をもちかけてくるようになった。
「ぼっちゃん、そろそろお嫁さんでも探したらどうです?」
「嫁ねぇ…」
「ほら、あそこの向かいのお嬢さん!あの子なんてどうです?」
「まだ学生だろ?」
「じゃあ、裏の酒屋のお嬢さんは?」
「…あの人って俺よりだいぶ年上じゃない?」
「そうでしたっけ??まぁ、とにかく…誰かぼっちゃんの世話してくれる良い人いないかねぇ…」
「別に…一人でやってけるから必要ないって。それにさ、一人のが楽なんだよ…」
「ぼっちゃん…」
お手伝いの志乃さんは俺の母親代わりのようなもの。
もう一人に慣れてしまって誰かと一緒に住むなんて俺には無理だし、逆に気を使って疲れてしまう。
それにこんな身体の弱い俺のところに、わざわざ嫁に来てくれるような寛大な女性はいないだろう。
そもそも、生涯の伴侶なんて求めてはしていないし子供だって望んではいない。
俺は1人でいいんだ。
俺の中にあるこの想いが消えない限り、他の誰かを好きになることなんて有り得ない。
まだ、忘れられないんだ。
あの日の約束を―――
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