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「なーんかまどろっこしいなぁ。別に証言とか証拠とかいらなくね? レスター伯爵が黒幕だとわかってんならサクっと始末しちまえばいいじゃん」
「……証拠は必要だろう。レスター候が黒幕だというのはあくまで憶測だ。憶測で人を手にかけるわけにはいかない」
「お前、ちょっと会わないうちに性格変わった? もっとこう……『気に食わない奴は殺しちまえ』的なタイプじゃなかった?」
――それで一度失敗しかけているからな。
頭に湧いた言葉を、アシェルは苦い思いとともに飲み込んだ。
気に食わないという理由で1人の少女と歩み寄ることを拒み、殺そうとした。あの大雨の夜に少女を殺してしまえば、他人を想うことの尊さなど永遠に知らないままだったかもしれない。ささやかな贈り物を嬉しいと思う気持ちも、花の成長を待つ楽しさも知らないままだった。
リヴィが傍にいなければ、アシェルは今も冷徹で無慈悲な暗殺者だった。
アシェルが黙り込んだので、ジーンは不思議そうな顔をした。ジーンを相手に己の変化を詳細に語る気にもなれず、アシェルはそれらしい理由を口にした。
「エミーリエはリヴィの友人なんだ。友人の父親を冤罪で殺すわけにはいかない。もちろん罪が確実なものとなれば、相応の謝罪と償いは求めるつもりだが」
この説明でジーンはひとまず納得したようだった。ふーんと興味もなさげに相槌を打ち、またポリポリと焼き菓子をかじり始めた。
そして3つ目の焼き菓子を飲み込んだ直後、ふいに呟いた。
「待てよ。エミーリエ・レスター……」
次の瞬間、ジーンはせきが切れたように笑い始めた。2人きりの応接室に響く甲高い哄笑。身体をくの字に折り曲げて、ひぃひぃと息を切らして笑うジーンを、アシェルは化物を見るような目で見つめていた。
やがてジーンはまなじりに浮いた涙を拭いながら言った。
「いやいや悪いね。別に10年前の出来事を思い出したとかじゃねぇよ? ちょっと変なところで、変なもんが繋がっちまっただけ……」
また「ふ、ふ」と小刻みな笑いを零し、ジーンは語り始めた。
「2か月後、王家主催の大規模な夜会が開催される。まだ正式な発表はねぇが、関係筋からの情報だからまず間違いはない。王国中の貴族に声がかかると聞いているから、バルナベット家にもそのうち招待状が送られてくるぜ」
アシェルは腕組みをして言った。
「招待状が送られてきたところで、父上は気にも留めないだろうな。うちはそういう家だ」
「クラウスさんは興味ないかもしんないけどさぁ。多分、お前は参加したくなるぜ。俺の話を聞いたらな」
ジーンは目を細めてにんまりと笑う。テーブルの上に身を乗り出し、ここからは内緒話だと言わんばかりのひそひそ声で語る。
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