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「美味しそうに焼けましたね」
天板に並ぶ黄金色のクッキーを眺め、ドリスが満足そうにそう言った。3人で協力して作り上げた型抜きクッキーは、端っこが欠けてしまったり、焼きすぎてしまった物も目立つけれど、初めて作った物だと思えば上出来だ。
アツアツのクッキーをはふはふと味見すれば、リヴィとマリエラの顔は自然とほころぶのである。
クッキーが程よく冷めた頃、ドリスは言った。
「少し急いで片付けをしないと、シェフたちが厨房にやってきてしまいますね。私は道具を片付けて参りますから、リヴィ様とマリエラ様はクッキーを包んでしまってください」
リヴィが厨房の時計を見上げてみれば、現在時刻は午後3時半を少し回ったところ。午後4時を回ればシェフたちがディナーの仕込みを始めるから、それまでには厨房から退散しなければならない。
「本当だ、少し急がないと。マリエラ様の分は、何袋にわけてお包みしましょうか?」
リヴィの質問に、4個目のクッキーを味見していたマリエラは少し考えてから答えた。
「……3袋。お父様の分と、お母様の分と、わたしの分」
ちゃっかりと自分の分も入れてしまうところが、子どもらしくて何とも愛らしい。父母に囲まれてクッキーを噛むマリエラの姿を想像し、リヴィは幸せな気持ちになった。
(私は……2袋にしようかしら。アシェル様へ1袋と、あとはいつもお世話になっているヴィクトールにも。それからドリスの分は……)
リヴィはドリスの後ろ姿を盗み見た。シンクの前に立ったドリスは、肩を揺らして洗い物の真っ最中だ。
もしもドリスに「ドリスの分は何袋つつみましょうか?」と尋ねれば、「いえ、私の分はいりません」と返されることは目に見えていた。ドリスが自分のことを、単なるクッキー作りの指導役としか考えていないのだから。
(でも今日は、何としてもドリスが主役になってもらわなければ困るわ。そのために、マリエラ様にも協力していただいたのだから……)
リヴィはよしと意気込んで、マリエラと一緒にクッキーを包み始めた。
10分も経つと、後片付けをすっかり終えたドリスが戻ってきた。ちょうど同じ頃にクッキーを包み終えたリヴィは、できたての包み紙を一つ、ドリスの目の前に差し出した。
「ドリス、今日はありがとう。これはドリスの分のクッキー」
綺麗に包まれたクッキーを見下ろし、ドリスは驚いた表情を浮かべた。
「私の分はご用意していただかなくて結構でしたのに。味見ならもうしましたし、リヴィ様と違って贈る相手もおりませんし……」
「でも、急に贈りたい相手ができるかもしれないでしょう? せっかく3人で力を合わせて作ったのだから、ドリスにも1袋もらってほしいの」
リヴィがそう訴えれば、ドリスは困り顔ながらもクッキーを受け取った。急に贈りたい相手ができるだなんて、そんな摩訶不思議な出来事があるでしょうか? と心の声が聞こえてくるようだ。
リヴィとマリエラはドリスに気付かれないように目配せをして、3人は厨房を後にした。
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