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(ドリス、頑張って。今なら自然にテオ様へクッキーを渡せる……)
リヴィは必死で願った。
しかしリヴィの願いは届かず、ドリスはいつまで経っても口を開かなかった。クッキーを渡すつもりがないというよりは、突然のチャンス到来に思考が停止しているという様子だ。目を見開き口を半開きにして、人形のように固まってしまっている。
だがリヴィとてそこまで爪は甘くない。こうなることは想定のうちで、しっかりと次の1手を用意していた。
(マリエラ様、お願い……!)
リヴィの視線の先で、マリエラの瞳が輝いた。任せてよ、とその表情は告げていた。
次の瞬間、マリエラはリヴィの背後にさっと身を隠した。3つの包み紙をエプロンのポケットへと仕舞いこみ、変わりに取り出した物は人形。目を細めて悪戯げに笑う。
唐突にドリスは動いた。さっきまでの硬直が嘘のように、きびきびとした動作でテオの前まで歩いていくと、不貞腐れ顔のテオの目の前に勢いよくクッキーの包み紙を差し出した。
テオは驚きに目を丸くした。
「え……貰っていいの?」
ドリスは何も答えなかった。何が起こっているか理解できないというようにポカンと口を開けて、目の前に立つテオの顔を見つめていた。
テオは遠慮がちに、ドリスの手から包み紙を受け取った。
「も、貰っていいなら貰うけどさ……ありがとう」
テオがお礼を言ってもなお、ドリスはポカンと口を開けていた。しかし次の瞬間には、その顔はみるみる赤く染まり始めた。両手で顔をおおい隠し、声にならない悲鳴をあげたドリスは、豹さながらの俊敏さでその場から走り去っていく。
リヴィの背後では、にんまり顔のマリエラがエプロンのポケットに人形を仕舞ったところであった。
わたし、いいお仕事したよね。
何も知らないテオが、つつ、とマリエラの方へと寄って行った。
「ねね、マリエラ……俺、そんなに物欲しそうな感じだった? 1人だけクッキーを貰えなくて可哀想な感じだった?」
マリエラがそしらぬ顔でうなずけば、テオは困り顔でほおを掻いた。
「えー……そっかぁ。ドリスに悪いことしちゃったかな。このクッキー、返した方がいいと思う?」
「……一度もらった物を返すのは失礼だよ。悪いことをしたと思うのなら、お返しにプレゼントをあげればいいと思う」
「ん、確かにそーだ。次の仕事のときに、何かお土産を買ってくるかぁ」
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