595人が本棚に入れています
本棚に追加
そんなことを話しながら、マリエラとテオは廊下を歩いて行った。残された者はまだ緊張冷めやらぬ様子のリヴィと、静かに事のなりゆきを見守っていたアシェル。
廊下がすっかり静かになった時、アシェルが控えめに口を開いた。
「リヴィ……今のは一体、何だったんだ?」
リヴィははっと我に返り、もごもごと言い淀んだ。
「今のは……ええと、内緒です……。お、女の子だけの秘密の話……」
そうごまかす以外に選択肢はなかった。作戦への協力をあおぐ以上、マリエラには最低限の事情を説明せざるを得なかったけれど、リヴィはドリスの恋を見世物にするつもりなどない。初めの1歩こそお節介で手を貸したが、この先はドリスが自分で道を切り開いてくれればいいと思っていた。
だから相手がアシェルとはいえ、ドリスの密かな恋心を教えることはできなかった。
アシェルは俯くリヴィをしばらく見つめていたが、やがてふっと破顔した。
「……そうだな。もしリヴィがもう一度、私のためだけにクッキーを焼いてくれるのなら、何も見なかったし何も気付かなかったことにしよう」
予想もしなかった条件に、リヴィは慌てふためいた。
「そ、それは私1人でクッキーを焼かなければならないということですか……? ドリスがそばに付いていてくれても焼き過ぎてしまったのだから、私1人で作ったらきっと消し炭のような有様に……」
「消し炭になったらなったで、甘いココアと一緒に食べることにするさ」
そうして2人並んで歩き出す。
夕陽が射し込み始めた廊下には、ほんのりと甘いクッキーの香りが漂っていた。
最初のコメントを投稿しよう!