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32話 ジーン・ロペス
その日は午前中に来客があるのだ、とリヴィは聞いていた。来客者の名前は聞いていない。ただアシェルにとっては古くからの知り合いで、もしかしたら挨拶をしてもらう場面があるかもしれないからと事前に断りを受けていた。
だからリヴィは日課の水やりを終えた後、客間でいそいそと身なりを整えるのである。
「ねぇドリス……今日いらっしゃるお客様は、アシェル様のお友だちなのかしら」
ワンピースに腕を通しながらそう尋ねれば、ドリスは困った表情を浮かべた。
「お友だち……ではないと思いますよ。強いて言葉を選ぶのなら『同業者』という表現が適切かと思いますが」
リヴィは思わずドリスの顔を凝視した。
暗殺一族であるバルナベット家の同業者――つまり本日の来客者もまた、人殺しを生業とする人物だということだ。ドリスにワンピースのリボンを結んでもらいながら、リヴィはおっかなびっくりで尋ねた。
「な、何というお名前の方なのかしら……」
「ジーン様です、ジーン・ロペス。殺人を生業とするロペス家のご子息ですね」
リヴィはほぅ、と息を吐いた。
「アンデルバール王国には、バルナベット家の他にも暗殺一族がいたのね。全然知らなかった……」
「リヴィ様がご存じないのも無理はありません。王国で1,2を争う有名貴族であるバルナベット家とは違い、ロペス家は貴族の家ではありませんから」
そう話す間にも、ドリスは着々とリヴィの身支度を整えていく。腰回りのリボンを結んだ後は、スカートのひだを綺麗に整えて、今はワンピースに一番合うデザインの靴を床に並べているところだ。
用意されたばかりの靴に爪先を入れながら、リヴィは独り言のように呟いた。
「ジーン様……どのようなお方なのかしら。せっかくの機会なのだからお会いしてみたい気はするけれど」
ドリスが苦々しげに、リヴィの独り言に言葉を返した。
「ロペス家の人となりに、あまり期待はしない方がいいかと思いますよ。正直……私は彼らのことが、あまり好きではありません」
「そう……それはどうして?」
ドリスはしばらく考え込んだが、結局リヴィの質問に答えることはなかった。
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