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身支度をととのえ客間で待機すること1時間、扉の向こうからヴィクトールが顔を出した。くたびれた格好をしていることの多いヴィクトールだが、今日は珍しくかっちりと衣服を整えていた。左目のモノクルもピカピカに磨き上げられている。
ヴィクトールはソファで読書をするリヴィを見やり、固い口調で言った。
「リヴィ様、応接室でアシェル様がお呼びです」
リヴィははい、と返事をして本を閉じた。暇つぶしに本を開いてはいたけれど、ほとんど集中などできていなかった。
客間の隅では、ドリスが騎士の出陣を見送るときのような表情を浮かべていた。
(な、何だか皆が緊張しているみたい……何事も起こらないといいけれど)
私は彼らのことがあまり好きではありません、ドリスの言葉が頭の中を巡った。
ヴィクトールの案内で応接室に立ち入ると、部屋の中はコーヒーの香りで満たされていた。応接テーブル上のコーヒーからはまだ湯気が立ち昇っているから、客人の到着からさほど時間は経っていないようだ。そして応接テーブルを囲う2人の青年。
リヴィが挨拶を口にするよりも早く、応接室には甲高い声が響き渡った。
「お、来た来た! 噂の婚約者ちゃん。何だよ可愛い子じゃん。アシェルと結婚するってくらいだから、ゴリラみたいな女を想像してたけど」
続いてけらけらと耳障りな笑い声。声の主は珍しいオリーブ色の髪の青年だ。長い手足と、ギラギラと大きな瞳が、どことなく蛇を彷彿とさせる。
リヴィが答えを返しあぐねていると、青年がリヴィのいる方へと歩いてきた。
「おっと、ごめんね。俺はジーン・ロペス。職業は殺し屋、どうぞよろしく」
わざとらしく口の端をあげてジーンは笑った。リヴィは背筋に汗が流れるのを感じた。この人とはあまり近づきたくない、と本能が告げていた。
それでも最低限の挨拶をしないわけにはいかず、リヴィは震える指先でスカートを持ち上げた。
「リヴィ・キャンベルと申します。本日はお会いできて嬉しいです……」
リヴィが顔を上げたとき、ジーンはリヴィの真正面に立っていた。オリーブ色の前髪の下で、2つの瞳がギラギラと輝いている。巨大な蛇に睨まれたかのようにリヴィは動けなくなった。
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