32話 ジーン・ロペス

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 ***  身支度をととのえ客間で待機すること1時間、扉の向こうからヴィクトールが顔を出した。くたびれた格好をしていることの多いヴィクトールだが、今日は珍しくかっちりと衣服を整えていた。左目のモノクルもピカピカに磨き上げられている。  ヴィクトールはソファで読書をするリヴィを見やり、固い口調で言った。 「リヴィ様、応接室でアシェル様がお呼びです」  リヴィははい、と返事をして本を閉じた。暇つぶしに本を開いてはいたけれど、ほとんど集中などできていなかった。  客間の隅では、ドリスが騎士の出陣を見送るときのような表情を浮かべていた。   (な、何だか皆が緊張しているみたい……何事も起こらないといいけれど)    私は彼ら(ロペス家)のことがあまり好きではありません、ドリスの言葉が頭の中を巡った。  ヴィクトールの案内で応接室に立ち入ると、部屋の中はコーヒーの香りで満たされていた。応接テーブル上のコーヒーからはまだ湯気が立ち昇っているから、客人の到着からさほど時間は経っていないようだ。そして応接テーブルを囲う2人の青年。  リヴィが挨拶を口にするよりも早く、応接室には甲高い声が響き渡った。 「お、来た来た! 噂の婚約者ちゃん。何だよ可愛い子じゃん。アシェルと結婚するってくらいだから、ゴリラみたいな女を想像してたけど」  続いてけらけらと耳障りな笑い声。声の主は珍しいオリーブ色の髪の青年だ。長い手足と、ギラギラと大きな瞳が、どことなく蛇を彷彿(ほうふつ)とさせる。  リヴィが答えを返しあぐねていると、青年がリヴィのいる方へと歩いてきた。 「おっと、ごめんね。俺はジーン・ロペス。職業は殺し屋、どうぞよろしく」  わざとらしく口の端をあげてジーンは笑った。リヴィは背筋に汗が流れるのを感じた。この人とはあまり近づきたくない、と本能が告げていた。  それでも最低限の挨拶をしないわけにはいかず、リヴィは震える指先でスカートを持ち上げた。 「リヴィ・キャンベルと申します。本日はお会いできて嬉しいです……」  リヴィが顔を上げたとき、ジーンはリヴィの真正面に立っていた。オリーブ色の前髪の下で、2つの瞳がギラギラと輝いている。巨大な蛇に睨まれたかのようにリヴィは動けなくなった。
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