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「……ふーん。噂には聞いていたけど珍しい色の目だね。アンタ、本当に人を呪えるの?」
「いえ……」
リヴィが消え入りそうな声で答えれば、ジーンはさして興味もなさそうに笑った。
「ま、そんなもんだよね。念じただけで人を殺せるのなら殺し屋なんていらねぇわ。ねぇアンタ、アシェルとは上手くやってんの? アイツ不愛想だし、一緒にいてもつまんないでしょ」
アシェルを蔑むような発言だ。ジーンに対して恐怖を感じながらも、リヴィは少し意地になった。
「アシェル様にはとても良くしていただいています。一緒にいてつまらない、と感じたことは一度もありません」
「へぇ……冷徹無慈悲の暗殺者サマでも、婚約者は大切にしているわけだ。超、意外」
ジーンはわざとらしく肩を竦めて見せた。
リヴィはこのとき初めて、ジーンの薄気味悪さの正体がわかった気がした。ジーンの発言には心がこもっていない。それらしい台詞をそれらしい口調で並べ立てているだけだ。リヴィに対して興味を抱いた風を装いながらも、本心ではなにを考えているかわからない。だから恐ろしい。
(アシェル様は確かに少し不愛想だけれど、思ってもいないことを口にしたりはしない。でもジーン様は、話すこと全てが嘘のように感じられてしまう。……笑顔すらも)
リヴィがジーンからふいと視線を逸らしたとき、少し離れたところからアシェルの声が飛んできた。
「ジーン、もう十分だろう。挨拶が済んだのだからリヴィは退席させる」
ジーンは不満そうに唇を尖らせた。
「何でだよ。もう少しおしゃべりしたって良いだろ。そうだ俺、婚約者ちゃんにお土産を買ってきたんだ。女の子に人気の菓子だって聞いたから、食べてみてよ」
そう言うと、ジーンは上着の内ポケットから長方形の小箱を取り出した。柄のない紙箱に赤いリボンが巻かれている。ジーンの手がリボンをほどき、小箱のふたを開けると、中にはリヴィのよく知る菓子が並んでいた。
「マカロン」
リヴィが弾んだ声で言えば、ジーンは意外そうに目を瞬いた。
「お、よく知ってんね。そうそう、マカロンって名前の菓子だよ。ひょっとして食べたこと、ある?」
「はい。以前、アシェル様が仕事のお土産に買ってきてくださったんです」
「へぇ……アシェルが土産ねぇ」
思いがけないマカロンの登場に、場の雰囲気は少しだけ和んだように思われた。アシェルは溜息を零しながらもコーヒーをすすり、扉脇のヴィクトールは見るからに肩の力を抜いている。
リヴィはジーンから小箱を受け取り、そわそわと中を覗き込んだ。以前土産に貰ってからというもの、リヴィはすっかりマカロンのファンなのだ。
ジーンに対する恐怖心も、このときばかりは忘れていた。
「あの、一つ頂いてもいいですか?」
「いーよいーよ、好きなだけ食べなよ。貴族同士の茶会じゃねぇんだから、変なマナーとか気を遣う必要ないよ」
そうは言われてもさすがに立ったまま食べるわけにはいかないと、リヴィは応接用のソファの端に腰を下ろした。隣にはアシェルがいて、コーヒーをすすりながらリヴィの様子を伺っている。
長方形の箱の中には12個のマカロンが並んでいて、リヴィはそのうちの一つ、ピンク色のマカロンをつまみ上げた。マカロンの間に挟まれたガナッシュからは、ストロベリーのいい香りが漂ってくる。
リヴィは幸せな気持ちでマカロンにかじりついた。
しかし次の瞬間には、反射的にマカロンの欠片を吐き出していた。舌先に砂糖のものとは違う、不自然な甘みを感じたからだ。
アシェルが驚いた顔でリヴィを見た。
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