32話 ジーン・ロペス

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「……ふーん。噂には聞いていたけど珍しい色の目だね。アンタ、本当に人を呪えるの?」 「いえ……」  リヴィが消え入りそうな声で答えれば、ジーンはさして興味もなさそうに笑った。 「ま、そんなもんだよね。念じただけで人を殺せるのなら殺し屋なんていらねぇわ。ねぇアンタ、アシェルとは上手くやってんの? アイツ不愛想だし、一緒にいてもつまんないでしょ」  アシェルを蔑むような発言だ。ジーンに対して恐怖を感じながらも、リヴィは少し意地になった。 「アシェル様にはとても良くしていただいています。一緒にいてつまらない、と感じたことは一度もありません」 「へぇ……冷徹無慈悲の暗殺者サマでも、婚約者は大切にしているわけだ。超、意外」  ジーンはわざとらしく肩を竦めて見せた。  リヴィはこのとき初めて、ジーンの薄気味悪さの正体がわかった気がした。ジーンの発言には心がこもっていない。それらしい台詞をそれらしい口調で並べ立てているだけだ。リヴィに対して興味を抱いた風を装いながらも、本心ではなにを考えているかわからない。だから恐ろしい。 (アシェル様は確かに少し不愛想だけれど、思ってもいないことを口にしたりはしない。でもジーン様は、話すこと全てが嘘のように感じられてしまう。……笑顔すらも)  リヴィがジーンからふいと視線を逸らしたとき、少し離れたところからアシェルの声が飛んできた。 「ジーン、もう十分だろう。挨拶が済んだのだからリヴィは退席させる」  ジーンは不満そうに唇を尖らせた。   「何でだよ。もう少しおしゃべりしたって良いだろ。そうだ俺、婚約者ちゃんにお土産を買ってきたんだ。女の子に人気の菓子だって聞いたから、食べてみてよ」  そう言うと、ジーンは上着の内ポケットから長方形の小箱を取り出した。柄のない紙箱に赤いリボンが巻かれている。ジーンの手がリボンをほどき、小箱のふたを開けると、中にはリヴィのよく知る菓子が並んでいた。 「マカロン」  リヴィが弾んだ声で言えば、ジーンは意外そうに目を瞬いた。   「お、よく知ってんね。そうそう、マカロンって名前の菓子だよ。ひょっとして食べたこと、ある?」 「はい。以前、アシェル様が仕事のお土産に買ってきてくださったんです」 「へぇ……アシェルが土産ねぇ」  思いがけないマカロンの登場に、場の雰囲気は少しだけ和んだように思われた。アシェルは溜息を零しながらもコーヒーをすすり、扉脇のヴィクトールは見るからに肩の力を抜いている。  リヴィはジーンから小箱を受け取り、そわそわと中を覗き込んだ。以前土産に貰ってからというもの、リヴィはすっかりマカロンのファンなのだ。  ジーンに対する恐怖心も、このときばかりは忘れていた。 「あの、一つ頂いてもいいですか?」 「いーよいーよ、好きなだけ食べなよ。貴族同士の茶会じゃねぇんだから、変なマナーとか気を遣う必要ないよ」  そうは言われてもさすがに立ったまま食べるわけにはいかないと、リヴィは応接用のソファの端に腰を下ろした。隣にはアシェルがいて、コーヒーをすすりながらリヴィの様子を伺っている。  長方形の箱の中には12個のマカロンが並んでいて、リヴィはそのうちの一つ、ピンク色のマカロンをつまみ上げた。マカロンの間に挟まれたガナッシュからは、ストロベリーのいい香りが漂ってくる。    リヴィは幸せな気持ちでマカロンにかじりついた。    しかし次の瞬間には、反射的にマカロンの欠片を吐き出していた。舌先に砂糖のものとは違う、不自然な甘みを感じたからだ。  アシェルが驚いた顔でリヴィを見た。
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