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「リヴィ、どうした」
「すみません……このマカロン、変な味がします。薬……みたいな」
「薬……?」
アシェルの視線がジーンを射抜いた。それだけでは足りず、腕を伸ばしてジーンに掴みかかろうとする。
ジーンは「うげっ」と悲鳴をあげてアシェルの手を払い落とした。
「ちょ、ちょ、ちょっと待てって! 別に死ぬような薬は入れてねぇよ! 食べたらちょっと眠くなるだけ……」
「そうか、ではお前が食べろ。そのまま永遠に眠らせてやる」
アシェルが冷え切った表情でそう吐き捨てるものだから、ジーンは大慌てで両手を掲げた。わざとらしい降参のポーズだ。
「悪かった、全面的に俺が悪かった。ちょっとした悪戯心だったんだよ。お詫びに訊かれたことには正直に答えるさ。何か訊きたいことがあって俺のことを呼んだんだろ?」
(訊きたいこと……? 用事があるのはジーン様ではなく、アシェル様の方だったのね……)
こうしてバルナベット家の屋敷を訪ねてくるくらいなのだから、てっきりジーンの方が何かしらの用事を抱えているのだと思っていた。しかし意外にも用事があるのはアシェルの方だという。
アシェルの『訊きたいこと』とは何だろうと、思い巡らせるリヴィの耳に、優しい声が流れ込んできた。
「リヴィ、ヴィクトールと一緒に客間へ戻っていていい。薬は飲み込んでいないと思うが、念のため口をゆすいで安静にしているように。何かあったらすぐに知らせてくれ」
「はい……わかりました」
リヴィは席を立つと、ヴィクトールの後に続いて応接室を出ようとした。扉をくぐる直前に、今度はジーンの声が聞こえた。
「ねぇ婚約者ちゃん。参考までに訊きたいんだけど、どうして薬が入っているってわかったのさ? この薬、味なんてほとんどしないはずなんだけど」
「私、味と匂いには敏感なんです。昔よく、嫌がらせで食事に混ぜ物をされたから」
ジーンは嫌味たらしく舌打ちをした。
「……何だよそれ。可愛い子猫ちゃんかと思ったら、とんだ野生児じゃねぇか」
わざとらしい溜息を聞きながら、リヴィは今度こそ本当に応接室を後にした。
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