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「それで……そのレスター伯爵は誰を殺してくれと依頼したわけ?」
「アルダ・イワンコフという名の成人男性だ。王都の路地裏で、占星術師の真似事をして生計を立てていた。10年前に、人気のない路地で何者かに刺し殺されている。……かなり残酷な方法で」
アルダ・イワンコフというのは、ヴィクトールが調べてくれた件の占星術師の本名だ。
名の知れた占星術師ではなかったことに加え、仕事のときには深くフードを被っていたことから顔立ちについては不明のまま。年齢についても詳しいことはわかっていない。それでも本名がわかっただけ上出来だとアシェルは考えていた。
ジーンは悩まし気にうなりながらも、途切れ途切れに答えを返す。
「人気のない路地で惨殺……となると確かに俺の仕事かもなぁ。獲物を少しずつ追い詰めて、いたぶりながら殺すのが楽しかった時期があんだよね。初めは通りすがりにちょん、と腕を切るだろ。するとそいつはびっくりして逃げるだろ? 追い詰めたところを今度は脚をざくっと……」
段々と流暢になり始めたジーンの語りを、アシェルは一刀両断した。
「お前の仕事方法はどうでもいい。レスター候がアルダ・イワンコフの殺人依頼を出したという証言が欲しい」
ジーンはゆっくりと両手を顔の横に掲げた。わざとらしい『お手上げ』のポーズだ。
「そういうことなら、悪いけど期待には応えらんねぇわ。だって記憶にねぇもんよ。いくら首の骨を人達にとられてたって、覚えてないもんは証言しようがない」
ジーンがそう言い切ったので、部屋の中はしばし沈黙となった。
手持無沙汰のジーンは応接テーブルの上の菓子皿に手を伸ばし、アシェルは腕を組んでむっつりと考え込む。占星術師アルダ・イワンコフが殺害されたのは10年も昔だ。アシェルとてジーンからの有用な証言を期待していたわけではなかった。それでも他の真実を探る手立てがないだけに、落胆は大きかった。
一口大の焼き菓子を口に放り入れながら、ジーンが尋ねた。
「ちなみにさぁ、何でそのレスター伯爵のことが気になってんの? 答えたくなけりゃ別に答えなくていいんだけど」
アシェルは少し考えた後に答えた。
「……リヴィが『厄憑き』だという話は知っているんだろう。レスター候はリヴィを王家の婚約者の座から引きずり下ろすために、占星術師と共謀して嘘の予言を授けたんだ。そして予言の後、口封じのためにその占星術師を始末した」
「あー……だから娘のエミーリエがオスカー殿下の婚約者なのね。ようやく繋がったわ」
ジーンは納得したとうなずき、すぐに言葉を続けた。
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