閑話 とある占星術師の行方

1/3
前へ
/180ページ
次へ

閑話 とある占星術師の行方

過去の話 *** 「はぁ……はぁ……」  男は王都の路地を駆けていた。  もう気が遠くなるほど長い時間、そうしてがむしゃらに足を動かしている。喉はかすれ、目は乾き、肺が痛みを訴えてもなお立ち止まることはない。  夜空にぽっかりと浮かぶ満月が、建物の間から男の行く先を見守っていた。 「何だってんだ、畜生。理由も言わずいきなり切りつけてきやがって……あああ、痛ぇ……」  男の左腕からはぽたぽたと鮮血がしたたり落ちていた。先ほど1人で路地を歩いていたときに、見知らぬ人物にいきなり切りつけられたのだ。あまり深い傷ではないけれど、傷口からは確実に生命が流れ出していた。  男は十字路で足を止め、迷ったあげく左に折れた。その道を5分も走れば、王都を守る騎士団の宿舎がある。宿舎の入り口には夜番がいるはずだから、事情を説明すればかくまってもらえるだろう。  宿舎を目指し、人気のない路地を懸命に駆けていた男は、ふいに足を止めた。薄暗い路地の先に人影が見えたからだ。  その人影は子どものように小さかった。小さな右手にナイフを握りしめ、狭い路地の真ん中に立ち尽くしている。男は人影から距離を保ったまま声を荒げた。 「……一体何なんだ、お前は! さっきから俺の行く道を塞ぐような真似ばっかりしやがって……」  男が人影に行く手をはばまれるのは、これが初めてのことではなかった。  最初に腕を切りつけられてからというもの、男は何度も路地から抜け出そうとした。人気の多い通りに出れば、ひとまず身の安全は確保されるのではないかと考えたからだ。  しかしどう足掻いても男は路地から抜け出せない。路地を出ようとするたびに、ナイフを持った人影に行く手をはばまれる。  薄暗い路地に閉じ込められる不安感、焦燥感、絶望感。様々な感情が激浪となって男を襲う。  ひゅう、と風を切る音がした。ナイフを振る音だ。 「……くそっ」  男は悪態を吐き、人影から逃げるように来た道を引き返した。  ***
/180ページ

最初のコメントを投稿しよう!

595人が本棚に入れています
本棚に追加