閑話 とある占星術師の行方

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 ***  それからどれくらいの時間が経ったのだろう。  男はついに力尽き、冷たい石壁を背に座り込んだ。  喉と肺が張り裂けるように痛む。汗が目に入り視界がかすむ。動かし続けた手足は鉛のように重たい。血で濡れた衣服が肌にはりつく。気持ち悪い。 「おーい、ダメだろ。獲物が座り込んじゃ鬼ごっこはお終いだ」  暗闇から甲高い声が飛んできた。まだ声変わりを迎えていない少年の声だ。男は汗で濡れそぼる前髪の間からその声の主を見た。  男の真正面に立つ者はやはり少年であった。歳の頃は10代前半、珍しいオリーブ色の髪をしている。つんと小さな鼻の上で、2つの瞳が獰猛な光を放っていた。  蛇だ、と男は思った。 「お、お前は……誰だ……」 「俺? 俺の名前なんか聞いてどうすんの? どうせもうすぐ喋れなくなるんだからさー、もう少し考えて質問しようぜ」  男を小馬鹿にするように少年は笑った。  しかし皮肉にも少年の発言は的を射ていた。逃げ場を失ったこの状況で、1秒先の命すら危うい状況で、少年の名前を尋ねることに意味などなかった。尋ねることがあるとすれば―― 「俺を殺そうとするのは、×××に頼まれたからか……」  男が消え入りそうな声で言えば、少年はにんまりと笑った。 「そうそう、そういう確信を突く質問をしてほしかったんだよ。アンタ、やればできんじゃん」  少年は曲芸師のように指先でナイフを回し、言葉を続けた。 「お察しのとおり、俺は×××の依頼であんたを殺そうとしている。依頼の理由は知らね、そこまで聞いてねぇし」  やはりそうか、と男は唇を噛んだ。
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