閑話 とある占星術師の行方

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 半年ほど前、男は×××と名乗る人物からある依頼を受けた。  それは貴族の茶会の席で、1人の少女に不吉な予言をしてほしいというものだった。提示された報酬はさほど高額ではなかったが、男は2つ返事でその依頼を受けた。占星術師などという肩書を持っていても、庶民を相手にした占いの報酬など微々たるもので、男は金が欲しかったのだ。  男は依頼を遂行した。貴族の茶会で、1人の少女に不吉な予言を授けた。風の噂を聞くところによれば、その予言のせいで少女は大層つらい目にあっているのだという。  だが男にとっては、哀れな少女の行く末などどうでもよかった。ただ日々を満足に暮らせるだけの金が手に入り、いつもより美味い酒が飲めた。それだけの話だった。  路地で少年に切りつけられるそのときまでは。 「ど、どうすれば助けてくれるんだ……金か? それなら――」  男の懇願を、少年の高い声がさえぎった。   「おいおいおい、別に俺は助けてやろうと思ってアンタと会話していたわけじゃねぇよ。ただアンタの人となりがわかった方が、この先の仕事が楽しくなるってだけ」  少年はナイフを一振りし、男のいる方へと近づいてきた。  男は地面に座り込んだまま、声にならない悲鳴をあげた。  取り返しのつかないことをしてしまったのだと、そのとき初めて気付いた。悪事だと知りながら依頼を受けた。小金欲しさに1人の少女を不幸にした。  もしも己の犯した過ちをたった一晩のうちに償わなければならないとしたら、それはどんな痛みになるのだろう?  途端にズキズキと痛みだした左腕を押さえ、男は震える声で言った。 「や、やめてくれ……俺はただのしがない占星術師だ。一般市民だ。俺を殺せば、お前はこの先ずっと罪の意識に苛まれることに……」 「心配ご無用。アンタがしがない占星術師なら、俺はイカれたサイコ・キラーだ」  少年は蛇の目を細め、光るナイフを振り上げた。  明朝、男は生前の原型をとどめぬ惨殺死体となって発見された。
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