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ドリスは身支度のために私室へと戻り、客間の中にはリヴィとフローレンスだけが残された。
フローレンスはそしらぬ顔でリヴィのまぶたにアイシャドウを塗り始めるが、リヴィは気が気ではなかった。気の利いた会話のひとつでも提供しなければと思ってはみても、リヴィはフローレンスが怖くて仕方ないのだ。
(フローレンス様はどういうおつもりなのかしら……私は嫌われているのだと、ずっとそう思っていたけれど……)
思えば初めて会ったときから、フローレンスはリヴィに冷たかった。婉曲的な物言いで、ちくちくと心に刺さる発言をされたことは、忘れようと思っても簡単には忘れられなかった。
リヴィの恐怖心が伝わったのだろう、フローレンスは冷たい口調で言った。
「何をそんなに緊張しているのよ。あなた、私が怖いの?」
「……ご、ごめんなさい。怖いです……」
思わず本音を返せば、フローレンスは驚いたように目を丸くした。
「あら、はっきり言うようになったじゃないの。以前はうつむいてプルプル震えているだけだったのに」
それから相変わらず感情を感じさせない口調で続けた。
「勘違いしないでほしいのだけれど、私はあなたが嫌いじゃないのよ。アシェルとの結婚に反対するつもりはないし、屋敷から追い出そうとも思っていない」
思いもよらないフローレンスの発言に、今度はリヴィが目を丸くする番だ。
「……そうなんですか?」
「私、生まれつき感情が欠けているのよ。悲しい、という気持ちがわからないの。自分が何を言われても傷つかないし、何をされても悲しいと感じないものだから、他人の気持ちを推し量ることができなくてね。もしも今までの間に、あなたを傷つけていたらごめんなさいね?」
フローレンスが素直に謝罪を口にしたことにリヴィは驚いた。そしてそれ以上に、フローレンスの発言が気にかかって仕方なかった。
(悲しいという気持ちがわからない……? フローレンス様は、私のことが嫌いで冷たい言葉を投げかけていたのではないということ……?)
リヴィのまぶたに赤いアイシャドウを塗りながら、フローレンスの語りは続く。
「今は好き勝手しているように見えるかもしれないけれど、子どもの頃は苦労したのよ。他人を傷つけるような発言ばかりするものだから友達なんて1人もいなかったわ。でも友達がいないことを悲しみもしないものだから、家族からはひどく気味悪がられてね」
ふ、とフローレンスは息を吐いた。過去を懐かしむように視線を巡らせる。
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