595人が本棚に入れています
本棚に追加
その手紙を読んで、リヴィはすぐに夜会への参加を決めた。参加の是非を決めかねていたアシェルも、リヴィの参加を受けて夜会への参加を決断した。殺人事件が起こるとわかっている夜会に、リヴィ1人を送り込むわけにはいかないからだ。
そして夜会への参加にあたり、アシェルはテオとドリスに同行を願い出た。使用人の立場では会場での行動に制限がかかるから、ドリスにはフローレンスの名前を使って出席してほしいと頼んだのもこのときだ。
必然的にテオがクラウスを演じることとなり、テオ演じるクラウス、ドリス演じるフローレンス、2人の息子であり次期当主であるアシェル、その婚約者であるリヴィ、と対外的には不自然のないパーティができあがったのだ。
ぴゅう、と乾いた音を立てて風が吹き抜けた。アシェルとテオは同時に身を竦めた。山頂に位置するバルナベット家の敷地は、日中であってもあまり気温が上がらない。暖かいと感じるような日でも、風が吹けばふいに上着が欲しくなってしまう。
上着の胸元をかき合わせながらテオは尋ねた。
「結局、リヴィには何も言っていないの?」
アシェルは1拍を置いてうなずいた。
「ああ、言っていない」
夜会への同行を頼むにあたり、アシェルはテオとドリスに全ての情報を伝えた。ジーンが夜会での殺人予告をしたことも、依頼者が10年前の事件とつながっている可能性が高いことも、殺しのターゲットがエミーリエである可能性が高いこともだ。
2人は全てを知った上で夜会への参加を承知してくれた。
しかしそれとは反対に――リヴィには何も伝えていなかった。リヴィは今日の夜会で何が起こるかを知らない。煌びやかな人々の中に、どす黒い悪意が紛れていることを知らない。
テオが言いにくそうに口を開いた。
「今更かもしれないけどさ……きちんと全てを話しておいた方がいいんじゃないの? リヴィにとってエミーリエはたった1人の友達なんでしょ? リヴィを危険に巻き込まないためにも、今からでも全てを話すべきだと俺は思うけど」
アシェルは強い口調で返した。
「リヴィには何も教えないし、何も見せるつもりはない。エミーリエへの挨拶が済んだら、お前たちはリヴィを連れてすぐに会場を出てくれて構わない。あとは私1人で何とかする」
「何とかするって……何をするつもりなのさ。まさかジーンに殺人を止めさせるつもり?」
「そんな事できるはずがないだろう。気に食わない奴ではあるがジーンは同業者だ。正当な理由もなく仕事を邪魔することはできない」
迷いのないアシェルの言葉に、テオはもどかしそうに肩を揺らした。
「リヴィの笑顔を守るために、エミーリエを助けるとは言わないんだ」
「言わない。私の目的はリヴィの汚名を晴らすこと。殺人の依頼者が誰であるかを突き止め、10年前の事件とのつながりを見つけられれば十分だ。たとえリヴィの友人であったとしても、他人の命を気にかけている余裕などない」
「……冷てぇの」
最初のコメントを投稿しよう!