595人が本棚に入れています
本棚に追加
リヴィは父とともに、屋敷の1階に位置する応接室へ立ち入った。家具に染みついた煙草の臭い、コーヒーの香り、花瓶に生けられた花の香り。たくさんの匂いが鼻孔に流れ込んできた。
「リヴィ、目隠しをとるんだ。そのままではお客様に失礼だろう」
ルドリッチの声を聞き、リヴィはそろそろと目元をおおい隠す布を取った。窓から射し込む陽光に目がくらむ。屋根裏部屋の外で自由に物を見るのは何年ぶりのことだろう。
応接室の中央にはリヴィの知らない女性が立っていた。年齢は20歳前後、肩の辺りで切りそろえられた銀髪が印象的な女性だ。執事服に似た衣服を身に着けている。
女性は数秒リヴィの赤い瞳を見つめた後、うやうやしく腰を折った。
「初めまして、リヴィ・キャンベル様。私はドリスと申します。バルナベット家の当主であるクラウス侯の命令により、あなたをお迎えに参りました」
そう丁寧に挨拶をされても、リヴィは満足に言葉を返すことができなかった。なぜクラウスという人物がドリスを迎えによこしたのか、その理由がさっぱりわからなかったからだ。ただ『バルナベット家』の名はどこかで聞いたことがあった。
リヴィの疑問はルドリッチが解消してくれた。
「お前はバルナベット家の次期当主であるアシェル様に嫁ぐのだ。厄憑き娘の引き取り手など他にはあるまいて。粗相のないよう、うまく立ち振るまうんだ」
リヴィはこてりと首をかしげた。
「アシェル……バルナベット様……?」
やはりどこかで聞いたことのある名前だ。しかしどこでその名前を聞いたのかが思い当たらない。考え込むリヴィのかたわらで、ドリスとルドリッチの会話は続く。
「リヴィ様の身柄は本日のうちにお引き取りさせていただきます。ご家族との別れの時間が必要であれば1時間程度はお待ち申し上げますが、いかがいたしましょう?」
「必要ない、すぐに連れて行ってくれ」
「おおせのままに。馬車へ積み込む荷物はございますか?」
「厄憑き娘に持たせる財産などあるものか」
実の娘の嫁入りの話をするというのに、ルドリッチの声は氷のように冷たかった。早くリヴィを屋敷から連れ出してくれ、と心の声が聞こえてくるようだ。
最初のコメントを投稿しよう!