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リヴィはルドリッチの横顔を見上げた。屋根裏部屋から出るときには目隠しを強要されていたリヴィにとって、ルドリッチの顔を見るのは実に数年ぶりのことだ。数年越しに見る父の顔は、想像以上に年老いていた。厄憑き娘を抱えたキャンベル家、この10年間苦労は多かったのだろう。
ルドリッチの顔がリヴィの方へと向いた。老いを感じ始めた瞳は、一瞬にして恐怖の色に染まった。
「その目で私を見るんじゃない!」
ルドリッチはこぶしを振り上げた。
殴られる、リヴィはその場に立ち尽くしたまま固く目をつぶった。
しかしいつまで経っても、ルドリッチのこぶしがリヴィの頬を打つことはなかった。
リヴィが恐る恐る目を開けてみれば、目鼻の先にはドリスの背中があった。ルドリッチのこぶしからリヴィを守るようにして立っている。それだけではない。ドリスの右手には抜き身の小刀。小刀の先端はルドリッチの喉首に突き付けられていた。
「私はクラウス候から『リヴィ様を怪我なく屋敷にお連れするように』と申しつけられております。たとえ実の父君であったとしても、リヴィ様への殴打を黙認するわけには参りません」
「ひ……あ……」
にぶく輝く小刀に薄皮を裂かれ、ルドリッチはへなへなと床に座り込んだ。先ほどまで尊大な態度はどこへ行ったのやら、カチカチと歯の根を震わせるさまは無様としか言いようがない。
リヴィは崩れるように座り込んだルドリッチを見下ろし、それからドリスを見た。リヴィよりもはるかに長身のドリスは、ちょうど小刀をさやに納めているところであった。
人の薄皮を切り裂いた直後だというのに、ドリスの表情に目立った変化はない。お気に入りの万年筆でも扱うように、小刀を懐へとしまい込んだ。
ドリスの手元を見つめていたリヴィは、小さな声でつぶやいた。
「アシェル・バルナベット様……『バルナベット家』……」
リヴィの声は震えていた。『バルナベット家』の名に思い当たる節を見つけたからだ。
リヴィの暮らす国は、名をアンデルバール王国という。貴族制が採用される封建国家であり、少数の貴族が王国各地を治めている。伯爵家であるキャンベル家もそのひとつだ。
そして古くから続く貴族でありながらも、五爵位――公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵――のいずれにも属さない特殊な家がある。それがバルナベット家だ。王国北部の高山地帯に屋敷を構え、外界からは隔絶された生活を送っている。
アンデルバール王国の民であれば、例え子どもであっても彼らの名を知らない者はいない。
バルナベット家――彼らの生業は金をもらい人を殺すこと。
冷徹無慈悲の暗殺一族だ。
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