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2話 バルナベット家
カタコトと揺れる馬車の小窓から、リヴィは黙って外を眺めていた。
こうして自由に景色を眺めるのは10年ぶりのこと。青々と広がる空にぽっかりと浮かぶ綿雲たち。ぽつりぽつりと建ち並ぶレンガ造りの家屋に、道を行き交うほがらかな人々。
アンデルバール王国西部に位置するキャンベル家の領地は、自然環境に恵まれた土地だ。領地の周囲はなだらかな山脈に囲まれており、澄んだ川水が東西南北の山々から流れ込む。水に恵まれた土地であるだけに農業・酪農が盛んで、質のいい農畜産物が国内各地へと運ばれる。
まだ厄憑き娘などとは呼ばれていなかった頃、リヴィは父ルドリッチとともによく領土の視察へ出かけた。今でこそ親子とは呼べない仲になってしまったが、父はきょうだいの中で一番リヴィを可愛がってくれていた。
リヴィは父と向き合い馬車に揺られる時間が好きであった。
――厄憑き娘がいなくなれば、きょうだい達にもようやくまともな縁談をあてがってやれる。この家にもはやお前の居場所はない。2度と帰ってくるな。
バルナベット家の馬車へ乗り込むリヴィに向かって、ルドリッチはそう言い放った。母もきょうだいも使用人も、誰一人として見送りには出てこなかった。
見送りはいない、餞別はない、手荷物すらない。空っぽな旅立ち。
(さよなら大好きな故郷、もう2度と帰って来ることはない……)
不思議と涙は流れずに、リヴィとドリスを乗せて馬車は進む。
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