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リヴィがドリスに通された場所は、屋敷3階の最奥部。廊下に立ち並ぶ他の扉よりも、明らかに豪華な扉の前だ。細微な装飾がほどこされた扉は、ここが屋敷の主の居室であるということをひしひしと伝えていた。
ドリスのこぶしが、その豪華な扉をトントンと叩いた。
「クラウス候。リヴィ・キャンベル様がご到着いたしました」
少し間を置いたあと、扉の向こう側からは低い声が返ってきた。
「通せ」
ドリスの手が扉を開け、立ち入った先は扉の印象と違わない豪華な部屋であった。床一面にビロードの絨毯が敷きつめられ、天井からぶら下がるシャンデリアの繊細で美しいこと。ダークブラウンで統一された数々の調度品を、ぱちぱちと音を立てて燃える暖炉の火が照らしている。
暖炉のそばには大きな皮張りのソファが置かれていて、2人の人物が腰かけていた。1人は男性、1人は女性。リヴィはすぐに理解した。彼らがバルナベット家の当主であるクラウスと、その夫人である。
リヴィはソファからは離れた場所に立ち、たどたどしい動作で腰を折った。
「こ、このたびはお招きいただきありがとうございます。リヴィ・キャンベルと申します……」
7歳のときに屋根裏部屋へ閉じ込められ、以降社交の機会も勉強の機会も奪われてしまったリヴィ。これが今できる精一杯の挨拶だ。
おどおどと立つリヴィの顔に低く厳格な声があたった。
「私はクラウス・バルナベット、隣は妻のフローレンス。到着予定時刻からずいぶんと遅れたようだが、道中で何か問題が起こったのか?」
クラウスの問いに、リヴィはすぐに答えられなかった。その問いがリヴィに向けられたものであるのか、ドリスに向けられたものであるか、判断がつかなかったからだ。
リヴィがちらりと伺い見た先は、壁に背をつけて立つドリス。主であるクラウスを真っ直ぐに見据えながらも、一向に口を開こうとはしない。どうやらクラウスの質問には、リヴィ自らが答えなければならないようだ。
「申し訳ありません……。長旅に慣れておらず、ドリス様にお願いして何度か休憩をはさんでいただきました」
リヴィが小声で答えると、クラウスは悪戯気に口の端を吊り上げた。
「ああ、そういう事情だったか。てっきり貴女がごねて出発が遅れているのかと思ったぞ。『暗殺一族に嫁ぐなど御免だ』と」
「いえ、まさかそんな……」
はっと顔を上げたリヴィは、このとき初めてクラウスの顔を真正面から見つめた。
暗殺一族の当主であるクラウス・バルナベットは武人のような男であった。黒髪はすっきりと刈り上げられていて、衣服の内側の肉体はたくましい。歳の頃で言えば、リヴィの父であるルドリッチとさほど違いはないだろう。しかし研ぎ澄まされた肉体を持つクラウスは、実際の年齢よりもはるかに若々しく見えた。
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