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「しかし、ならば、真の罪人はどこにいる? 実際にこの者が令嬢を誘拐しようとしたところを見たという騎士もいると聞いたが? 誰かに処罰を与えねば、民衆は黙らんぞ?」
納得して頷くことはなかった。
――そんな、なんてこと……!
真の罪人は人喰い熊に攫われて消えてしまった。いまさら。この場に連れてくることなんて不可能だ。
「それは……」
ディーガンさんも口ごもってしまう。
「私もこんなことは言いたくないのだが、出来ることは減刑のみ――」
バンッ!
無礼にも殿下の言葉に被せるように、誰かが扉を勢い良く開閉して審議会に乱入してきた。
「ちょっと待ってくれるかな?」
バルディさんだった。私たちのすぐ側に立っている。
「バルディラン王室医療騎士長……! いままで一体どちらに?」
瞬間、聴衆の横に整列して立っていた騎士団がざわつき始める。
「あー、ちょっと熊に襲われて暫く記憶喪失になってて」
バルディさんは大きな声で告げるけれど、誰もが嘘だと気が付いているだろう。それでも、誰も何も言おうとしない。殿下を前にして、口調もいつもと変わらないし、彼は一体……。
ふいにバルディさんの視線がこちらを向いた。
「先生……」
彼が私たちに気が付き、思わず、ルカが言葉を溢す。
「ああ……、僕のルカをこんなにボロボロにしたのは一体、どこのどいつなんだろう。――ちゃんとあとで治療しようね」
まるで怒りを押し殺すようにニコッと笑って、バルディさんはするりとルカの頬を撫でた。そして、珍しくきりっとした表情で前を向く。
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