旅立ちの朝

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 玄関の扉が閉まり、一人になる。しばらくすると車のドアの閉まる音が鳴り、窓の隅から見えていた引っ越し業者のトラックが走り出していった。部屋の中を見渡す。  あれだけ散らかっていた我が家が、今や段ボール一つだけ。  文字通り、本当に独りになった、という感覚に目を細めた。  部屋の隅にポツリと置かれた段ボールに腰かける。すぐに出発してもよかったが、感傷に浸りたかった。  この部屋に移り住んで十年、色々とあった。進学して、卒業して、就職して。伸び悩んで、上手くいかなくて、転職して。  人も沢山やってきた。友達、親友、彼女。クラスメイト、同僚、先輩や後輩。喜怒哀楽の全てを味わった気がする。  笑って、泣いて、怒って、泣いて。思い返せば相当に騒がしい住人だったのではないだろうか。 「何してんの」  顔を覗きこまれた。 「なにその顔」 「……なんだよ」 「『寂しくなったなぁ』ってカンジ?」 「……」 「カッコつけちゃって~」 「うっせぇ」  柄にもないことは自覚している分、言われるとこっぱずかしさが半端じゃない。 「はい」  手渡されたものを手に取る。缶飲料には”微糖”の文字。 「俺、コーヒー苦手なんだけど」 「だから微糖にしたんでしょ」 「微糖でも苦いからなぁ」 「こっから結構運転するんだから、ちゃんと飲んどきなさい」 「薬か」  プルタブを引き、カシュッと音が響く。物がないとこんなにもよく聞こえるのか。一口飲み込むと、優しい苦味が広がった。胸の寂しさを洗い流す様に、一息に飲み干してやった。 「飲めるじゃん」 「いや、苦ぇ」 「……次の生活は加糖だといいね」 「うっせぇ」  行き場のない空き缶をポケットへ突っ込み立ち上がると、段ボールを小脇に抱えて歩き出した。ドアノブに手をかけ、外に出る。この部屋から、最後の。 「元気でね」  そう聞こえた気がして、がらんとした、誰もいない部屋を振り返り 「お前もな」  と小さくつぶやいた。 「おっ、そうだ」  そのまま扉を閉めようとしてふと思い出した。結局最後までひとり身だったが、出かけるときには欠かさず口にしていた。もう来ることはないだろうが、それでも、なんだかピッタリな気がした。 ──いってきます──  閉まるドアに手を振った。手を振られた気がした。
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