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「勇ちゃん、大丈夫?もしかしてちょっと酔っちゃった?」
「・・大丈夫です。ご心配なく・・」
「ほんと?心配で様子見に来ちゃった。何かあったら遠慮なく言ってね?」
彼女はその美しい美貌に心配気に翳りを見せた。
ああ・・嫌だ。ほっといて欲しいのに・・
「でも勇ちゃん、本当に良かったわ。私実は、勇ちゃんの事ずっと気にしていたの。・・もしかして私が大晴さんと結婚した事、まだ気に病んでいるかもしれないって思って・・」
キターーーーーー!!
「そ、そんな事は・・もう昔の話で、全然覚えてないです」
私は必死に笑顔を作ってみせた。この人は昔からそうなんだ。悪い人じゃないんだろうけど、そのよかれと思っての言動がグッサリと私の心臓を突き刺すのだ・・。
「勇ちゃんは前から気にしてないって言ってくれてたけど、なんだか私がとっちゃったみたいで・・どうしても罪悪感が残ってたの。でも良かったわ。御子柴君みたいな素敵な旦那様がいるなら、もう大丈夫よね」
彼女はにっこりと微笑んだ。
とっちゃったみたいでって、とったんだろ。
もう大丈夫よねって、今まで大丈夫じゃなかったみたいに言うなよ。そりゃ大丈夫じゃなかったけどさ・・ずっと可哀想と思われてたと思うと、余計惨めだわ。
「は、はい。今私、とぉ〜っても幸せで!」
「へぇ・・そうなの。新婚さんだもんね。ラブラブなの?」
「あはは・・昔からの腐れ縁みたいなもんなんでそんな甘酸っぱい感じはないんですけど・・。でもなんか、背伸びする必要もないから凄く楽っていうか」
御子柴と暮らす2LDKが頭に浮かぶ。ジャージで二人ソファの上で缶ビール片手にゲームをしてる風景が、とても暖かいリアルな温もりを感じて、私の硬かった造り笑いが自然と緩むのを感じた。
「お互い自然でいられる相手だから・・こうして一緒にいられるのかもしれません」
あの頃の様なときめきでは無いけれど───。
私の心の中で着実に大きな存在になってきてる。奴と私の、ささやかだけど幸せな偽装結婚生活。
「そう・・信頼してるんだね。羨ましいな」
「───美桜!」
聞き覚えのある声にどきりとした。視線の先には予想の通り、過去の恋人の姿があった。
瀬良先輩────。
私の初恋で。付き合ってからもずっとずっと大好きで。
3年遅れでやっと同じ警察庁へ入庁が決まったときはあんなに喜んでくれたのに。それから1年足らずで突然私に背を向けた・・最愛の人。
理由はすぐに分かった。別れを告げられてそう日をおかずに、美桜さんとの結婚を知ったから。
" 家で家庭を守ってくれる女の子がいい"
もしかして瀬良先輩も今の私と同じ様に、結婚問題に直面していたのかも。警視正に昇進した際にはいち早く警察庁本庁の重要ポストに就くと噂されている出世頭だもん。
────だけどそんなの嘘でしょう?
やめて欲しい。
その美しい奥さんと私を並べて見ないで欲しい。
どれだけ醜く映っている?
どれだけ惨めに映っている?
誰だってそうだよ。その美しい奥さんと私とじゃ、誰でも美桜さんを選ぶに決まってる。
あの頃感じていた、まるで内臓を握り潰されて掻き回されている様な不快感を覚えて呼吸が苦しくなる。
嫌だよ・・。
来月から隣の警察庁に戻って来るなんて。またこの人の姿を見かける度に・・仲睦まじい二人の姿を見る度に、こんな気持ちにならなければいけないのだろうか────。
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